3【気分転換】
「祐一郎くん、どうしよう」
昼休み、祐一郎は校舎裏の非常階段でよく昼食を取っていた。そこに、汐里が駆けつけて来たのだ。
最初は無言で隣に腰を降ろした彼女だったが、堪えきれないかのように言葉を発した。
「ど、どうしたんだ?」
「智子が……」
「智子? それ誰?」
祐一郎は困惑して彼女に訊き返した。
「名古屋の娘よ」
「ああ、そうか。それで、その娘がどうしたの?」
「昨日の夜、彼女に和実の事を相談したの。彼女は和実の事を知っていて、もう一人のマリと三人でお互いにメール交換してるの」
「マリってのは、すると宮崎の娘?」
汐里は黙って頷くと
「そしたら、今朝智子から返信が来たんだけど、私が一方的に悪いって。どうやら智子は私より先に、和実から話を聞いていたみたいなの」
「一方的にって言っても……」
「智子とも、メル友三人意外とは友達を作らない約束をしちゃってたの」
「どうしてそんな約束を?」
「だって、あたし孤独だったのよ。やっと出来た友達を放したくなかったの。だから、あたしからそんな事を言ったのよ」
「でも、普通そんな約束したからって、他で友達作ったくらいでそんなに怒るかい?」
「あたしもビックリして……」
祐一郎は彼女の話を聞いて困惑するばかりだった。
自分も友達を作るのは上手な方ではないが、それでも友達が他の友達を作ったくらいで怒りを露にする神経が理解できない。
「まさかキミたち、レズとかの関係じゃ……」
その言葉が言い終わらないうちに、パンッと、祐一郎の頬に激しい痛みが走った。
「痛ってぇ」
汐里が彼の頬を平手で打ったのだ。
「こんな時に変な事いわないでよ。やらしいわね」
「そうじゃないよ」
祐一郎は自分の左頬を抑えながら
「異常な嫉妬を抱くくらいだから、普通とは違うおかしな関係なんじゃないかと思って」
「そんなことないわ。ごく普通の友達よ。趣味の事を話したり、悩みの相談をしたり。だいたい会った事もないのにそんな関係になり得ないでしょ」
そう言った後、汐里は祐一郎が摩る頬に手を当てて
「ごめん、痛かった?」
祐一郎も彼女の仕草を受けて、怒る気にはなれなかった。
「それにしても、悩みの相談をし合うくらいなんだから、周りに友達が出来た事は喜んでくれるのが友達じゃないの?」
「あたしもそう思ってた。いくら他に友達作らない約束したって……でも、男の子と仲良くするのが許せないって」
「智子って娘?」
汐里は小さく頷いた。
「しばらく二人共時間を置いてみた方がいいね。それともう一人も」
「マリとも?」
「他の連中とも交流あるんだろ? だったら他の二人から話がいってるかもしれない。マリって娘も、他の二人に共感してる可能性だってあるだろ」
汐里は再び頷くと
「そうね……」
祐一郎の言葉に、彼女の表情は大きな不安に呑みこまれたように曇った。
汐里はマリに救いを求めて仲介役を頼もうかとも考えていたのだ。しかし彼の言葉で、マリさえもが自分に中傷するメールを送ってくるのではないかと、途端に大きな不安が膨れ上がった。
「なあ、明日予定無かったら水族館でも行かない?」
祐一郎は彼女に気晴らしをさせてあげるつもりで誘った。そう考える事で、初めてのデートに彼女を容易に誘う事ができた。
「うん……」
「少し、メル友の事は忘れた方がいいよ。大丈夫、どうせ遠い場所で暮らす人達さ」
「そうね……」
汐里は少しだけ笑顔を浮かべると、落ちた髪の毛を耳にかけた。
翌日の土曜日、祐一郎と汐里は電車に乗って、大きなマリンパークに出かけた。
緑の木々に覆われた敷地内に大きな建物が聳え立つ。周辺には博物館もあって、県外からの観光客も集まる場所だ。
マリンパークから少し歩くと日本海を見渡せる海浜公園もあって、帰り際二人は日本海の夕陽を見ながらキスをした。
「あたし、高校生のうちに誰かとキスするなんて思ってもみなかった」
汐里は頬を赤くしながら呟いた。
「俺だって」
祐一郎も同じ気持ちだった。夕陽が全てを黄昏に染めて、お互いの頬が赤い事は気にならなかった。
だから、二人はもう一度キスをした。今度は少し長く、汐里の口から戸息が漏れるほど、二人は長く唇を重ね合った。