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12【新着】最終話

 汐里は祐一郎が帰った後、母親と一緒に夕食を済ませてから自室へ上がって行った。それからしばらくして、母親が彼女に風呂へ入るように声を掛けにいったところ、死亡していたのだと言う。

 身体に外傷は無く、誰かが部屋へ押し入った形跡も無い。

 彼女は自分の机に突っ伏して、パソコンの電源を入れたまま眠るように死んでいたそうだ。

 死因が解らない為、汐里は司法解剖に回されることになった。

 祐一郎は混乱していた。

 いったい汐里に何が起こったのか……まさか、本当に和実や智子、マリは実在していて彼女を殺しに来たのか? そんなバカな。

 ありえない。あのメールは汐里が書いたものだ。そのはずだ。

 それに、誰かが部屋へ侵入した形跡は無かったと言う事だ。彼女にいったい何が起こったのか……



「とりあえずは、司法解剖の結果を待つしかないね」

 孝作は電話でそう言った。

「大丈夫かい。彼女は気の毒だったな。俺も時間を見ていちどそっちへ顔を出すよ」

 その言葉は少しだけ心強かった。

 祐一郎は汐里の死の真相に対して、大きな疑問を抱かずにはいられなかった。それゆえに、彼女の死を純粋に悲しむ余裕すら無かった。

 彼女が突然いなくなった悲しみよりも、その不明な原因に困惑していたのだ。

 その週末に孝作は祐一郎の家を訪れた。

「殺されるかもしれないと言う思い込みが、彼女を殺してしまったのかもしれない」

 孝作は精神科の医師らしく、終始落ち着いた口調だった。

「自分で自分を殺してしまったって事? つまり汐里は自殺したと?」

 祐一郎は二つのコーヒーカップにインスタントコーヒーを作ってテーブルに置くと、腑に落ちない顔で呟くように言った。

「自殺とは違うかもしれない。もう一人の、いや複数かもしれない他の自分に殺されたんだよ」

「でも、彼女が多重人格だったとしても、外傷も何も無かったんだよ」

「想像妊娠って知ってるかい?」

 孝作はコーヒーの入ったカップを手にして言った。

「想像妊娠?」

「女性が妊娠したかも知れないと強く思い込む事でお腹が膨らむんだ。本当の妊娠みたいにね。人によってはちゃんと母乳まで出始める場合もある」

「汐里も強い思い込みで、死んだと?」

「ありえなくは無い。多重人格とは関係ないけど、昔ある国でこんな実験をしたそうだ」

 孝作はコーヒーを一口啜ると、カップを置いて続けた。

「椅子に縛りつけた男の目の前で実験用マウスに毒を注射して、それが死ぬ姿を一部始終見せる。そしてその後、男にも同じ毒を注射すると告げ、注射器を身体に刺す。男は恐怖で極度の緊張状態になる。ただ、実際に男に注射したのは微量の生理食塩水で、本来身体に害はない。男はその後どうなったと思う?」

 孝作は自分のコーヒーに砂糖を少し足すと、再び一口啜った。

「何も起こらないんじゃ……」

 祐一郎は思ったまま即答した。

「数十秒後、男は激しく痙攣を起こして死んだと言う話だ」

「無害な生理食塩水を注射したのに?」

「目の前でマウスが毒を打たれて実際に死んだ事、そして、男に注射されるのも同じ毒薬と告げられた事で彼の脳と身体は完全にそう思い込み、それが症状に現れたんだ」

「そんな事が?」

 ありえない。と言う言葉は祐一郎の喉元で留まった。

「彼女はメル友が実在して自分を殺しに来ると思い込む事で、自分の中の他の人格の力を強めてしまった。そして、その人格は彼女を殺そうと、自分は殺されると……その両方の思い込みが不幸な結果を招いたのかもしれない」

 そう言った後、孝作は手元のコーヒーを飲み干した。

 祐一郎には信じられない事だった。思い込みで人が死ぬなんて……

 彼は少し冷めかけたコーヒーをまずそうに飲んだ。

 孝作は汐里に焼香する事も無く日曜の昼間に東京へ帰って行った。

 祐一郎は悲しみに打ちひしがれて日々を過ごすという事はなかった。この街へ来て、彼女と過ごす時間は彼にとって特別だったはずなのに、それ以上に不可解な事が多すぎたのだ。

 それでも時間が経つにつれて彼の中に悲しみがふつふつと沸き起った。彼女を何とか救えなかったものかと言う自責の念に、祐一郎は追い立てられた。



 結局司法解剖したにも関わらず汐里の死因は解明されなかった。死亡原因は推定心臓麻痺と暫定された。

 かなり遅れて葬儀が行われ、その分四十九日はあっという間にやってきた。

 祐一郎は、汐里がいなくなってから学校の図書室には出入りしなくなった。

一度だけ放課後に通りかかって中を覗いてみたが、一年生らしき女子生徒が当番をこなしているだけで、当然のようにそこには汐里の姿はない。

 夏休みは何となく過ごす中で何時の間にか終わりを告げた。クラスメイトの三浦は、なにかと祐一郎を気に掛けてくれて、一度だけ一緒に海へも出かけた。

 彼女のいなくなった空虚な感情も、月日の流れと共に祐一郎の中から少しずつ溶け出して消えていった。



 見上げる蒼空そらは日を追うごとに高くなり、日本海から吹き付ける潮風も次第に冷たくなって、既に二学期も半ばに差し掛かっていた。

 夕食後、自分の部屋へ戻った祐一郎は、とりあえず明日からの中間考査に備えて机に向ったが、けっきょく何時ものようにタバコを咥えて火をつけた。

 それは、汐里を失ってから覚えた行為だった。

 最初は肺には入れずに口の中で煙を止めて吐き出すだけだったが、今では肺一杯に吸い込んでは、黄な粉色の煙を吐き出す。

 パソコンの電源を入れてメールの受信を行うと『4件』の表示が出た。

 一つはプロバイダからのもので、直ぐに削除した。

 他の三件のメールは、同じタイトルが着信一覧に表示されていた。

『メル友になりませんか』そんなタイトルが三つ。ポインタを合わせると画面の右側に本文が表示された。

「どうせ新手の出会い系か何かだろ」

 祐一郎は溜息混じりでそう呟くと、何時もするように文面もろくに読まずに削除しようとした…………が、途端にその手を止めて画面を食い入るように見つめた。

 まるで木綿に水が吸い取られるように血の気が引いて、彼の顔色はみるみるうちに蒼白に変わっていった。

「……そんなバカな」

 開いた唇に吸いかけのタバコがへばり付いていた。それを灰皿でもみ消すと、思わず自分の両目を強く擦り上げる。

 混濁した意識が漆黒の夜空へ溶け出して、自分の信じていたもの、いや医師である孝作の推測さえも根本から瓦解していった。

 汐里は正常だった。

 彼女は多重人格でも、精神錯乱でもなかった。彼女が言っていた事は全て事実だったのだ。

「何だ……何なんだこれは」

 それらの三件のメールは全て、差出のアドレスが祐一郎のものと同じだった。

「何なんだ、お前ら……」

 和実、智子、マリ……見覚えある三人の名前を見た瞬間、全身にゾワゾワと鳥肌がたった。

 祐一郎は遠く果てしない闇に、何処までも引きずり込まれるような気がした。







 凍雲いてぐもに覆われた夜空そらからは初雪が音も無く静かに舞っていた。

 街路灯に照らされたその結晶は、淋しげな光の粒となって、ひらひらとアスファルトに落ちてはゆめのように消えてゆく。

 祐一郎はほの暗い部屋で今夜もパソコンに向ってキーを打ち込む。

 点けっ放しのテレビからは深夜のニュースが流れていた。

『今年に入ってから各地で不審な死亡事件が相次いでおり、今回で15件目となりました。どの事件も被害者は自室で亡くなっており、その死因はいまだ解明されておりません。今回の事件を受けて広島県警では…………』



 何時の間にか祐一郎の『メル友』は六人に増えてしまった。

 そして彼は、彼女達の機嫌を損ねないように毎日届くメールに返信を繰り返しているらしい……

 それが生き抜くすべだと知っているから。






      ― 了 ―









最後まで読んでいただき、ありがとう御座いました。

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