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11【メル友】

 汐里は、彼の発した言葉の意味が判らないという顔で、祐一郎を見上げていた。

 彼は汐里をパソコンの画面へ促すと

「ほら、よく見て。送信者と受信者のアドレスが同じだろ。これはここから送信したメールがここに戻って来た証拠なんだよ」

「そんなの嘘よ」

「アドレスが証明してる」

「だって、あたしはこんなメール書いてないわ」

 汐里は激しく首を振って否定した。乱れた髪の毛が頬に張り着いている。

「キミが忘れてるだけなんだ。いや、気付いていないと言うべきなのか……でもこれはキミ自身が書いたんだよ」

「そんなの嘘よ。あたしは絶対に書いてない。自分で書いた事を忘れるわけないでしょ」

「じゃあ、どうしてアドレスが同じなんだい?」

「そんなの、あたしが知るわけないでしょ。あたしは来たメールに『返信』をクリックしてメールを打つだけだもの。最初からそのアドレスだったわ。あたし、パソコンはあまり詳しくないし……そう言う偶然もあるんだと思って気にしてなかった」

「ありえないんだよ。アドレスが他人とまったく同じなんて。そんな事はありえないんだ」

 祐一郎は思わず大きくなる声のトーンを少し落として、優しく言い聞かせた。

「メールアドレスは、ある意味個人を示すんだ」

 汐里は少し落ち着いた様子で、頬についた髪の毛を指で後にかき上げる。それでも唇が震えていた。

「キミは知らないうちに架空のメル友を作ってしまっていたんだ。自分で友達を演じていたんだよ」

「そんな……」

 彼女の声は、雨音の喧騒でかき消されそうなほど力ないものだった。落とした視線は床の何処か一点を見つめている。

 汐里の落胆した姿に、祐一郎は力になりたいと思った。

「一度、病院へいって診てもらおう。俺も付き合うから」

「でも、あたしには全然身に覚えがないわ」

「きっと、そういう病気なんだよ。精神的な病はそう言う場合もあるらしいんだ」

 汐里はどうにも納得いかない様子だったが、とりあえず顔を上げると

「じゃあ、和実も智子もマリも、あたしを殺しには来ないの?」

「ああ、来ないよ」

「美奈恵や由貴子って娘は?」

「来ないよ、誰も来ない。彼女達はみんなキミの中にいるんだ」

 祐一郎は静かにそう言った後「ご両親は?」

 何時もは気にならない不在の両親が何時帰って来るのか、今日の祐一郎は気がかりだった。

「お母さんは何時も8時ごろ帰ってくる。お父さんは出張で月末にならないと帰らないわ」

「じゃあ、お母さんが帰るまで、俺がここにいるよ。それなら安心だろ」

 汐里は頷いて、祐一郎に抱きついた。

「あたし、頭がおかしくなったの?」

「違うよ。心の病気だよ」

「あたしを嫌いになる?」

「ならないよ。直ぐによくなる。そしたらまた一緒に何処か遊びに行こう」

 祐一郎は震える汐里の身体を強く抱きしめた。

 彼女はよくなる。きっと元に戻ると自分に言い聞かせた。





 何時の間にか激しい雨は止んで、外は少し冷たい風が吹いていた。

 祐一郎は、汐里の母親が帰るまで彼女の傍にいた。

 母親が帰る頃は、健全性をアピールする為にリビングへ降りて一緒にコーヒーを飲んでいた。

 汐里もだいぶ落ち着いて、何事も無かったように振舞っていた。

「じゃあ、俺帰るから」

「あら、夕ご飯食べていけばいいのに」

 汐里の母親は気さくにそう言ってくれたが

「いえ、ウチでも自分の分を用意してると思うので」

 そう言って、祐一郎は彼女の家を後にした。

 母親には汐里の事は話さなかった。汐里が明日何と言って母親から保険証を借りるか、それは彼女に任せた。

 彼は家に帰ってやるべき事もあった。汐里が何処の病院へ行ったらいいか、孝作に相談しようと思っていたのだ。

「祐一郎くん……」

 見送りに出た玄関先で、汐里は不安を露に言った。

「あたしを一人にしないでね」

「ああ、あたりまえじゃん。明日の放課後病院へ行ってみよう。だから、明日は学校へ来いよ」

 祐一郎の優しい言葉に、汐里は小さく頷いた。

 



 家に帰って、さっそく孝作に電話すると、留守電になっていた。医療研修会との事で、明日まで留守だそうだ。

 夕食は母親と食べる事が多いが、遅い時は一人だ。父親は何時も帰りが不規則なので、食べたり食べなかったり。今日もまだ帰宅していない。

「最近よく電話してるけど、何処に掛けてるの?」

 電話を終えて食卓に着いた祐一郎に、ご飯をよそった茶碗を手に母親が訊いた。

「ああ、孝ちゃんさ」

「あら、こっちに越してからは全然連絡取ってなかったじゃない」

 母親はそう言いながら、彼に茶碗を差し出した。

「ああ、最近ちょっと相談に乗ってもらってるんだ」

「あんたまさか、学校でいじめにでも遭ってるんじゃないでしょうね」

「そんなわけ無いだろ」

 祐一郎はご飯を頬張りながら

「学校の友達が悩んでてさ。孝ちゃんに力になってもらってるんだ」

「そういえば、孝ちゃん精神科医だったわね」

 そう言いながら、息子の食事の世話を終えた母親はリビングへ行ってテレビの前のソファに座った。

 祐一郎は夕飯を食べてから自室へ戻ると、パソコンで精神科の病院を検索した。評判のいい病院は、やはり東京に集中していた。

 ……汐里は、彼女は明日学校へ出てくるだろうか? まあいい、来なければ自分が迎えに行けばいい事だ。

 彼女の為にも、少し離れた場所の方がいいだろうか……

 祐一郎はそんな事を考えながら、市内近郊の精神科クリニックの一覧を眺めていた。

「祐一郎、電話よ」

 階下から母親が駆け上がって来ていきなり部屋のドアを開けた。様子が何時もと違っているのが判った。

「柊木さんて方から……」

 母親は息子にそう言ってから「何だか様子が変よ」

 祐一郎は汐里からだと思って、二階の廊下にある子機でそれを受けた。

「望月くん? 汐里が、汐里が……」

 それは汐里ではなく、彼女の母親からの電話だった。その声は酷く取り乱していた。

「汐里がどうしたんですか? おばさん?」

「汐里に何があったの? 望月くん知ってるんでしょ? 教えて、汐里に今日何があったの?」

 彼女は息を荒げて言った。

「汐里がどうしたんですか?」

「うう……汐里が……」

「汐里がどうしたんです?」

 祐一郎は何度でも訊きかえした。それを聞かない事には話が進まない。しかしその先には、絶望に満ちた言葉が待っていた。

「死んだわ……汐里は死んだのよ!」

 汐里の母親は、電話の向こうで泣き叫んでいた。

 祐一郎は血の気が引いて目の前の色彩が無くなるのを感じた。電話の声が途端に遠くなって、モノクロの視界は直ぐに真っ暗になり、思わず廊下の壁に背中を預けた。

 電話の向こうでは立て続けに汐里の母親が何かを叫んでいたが、彼は立ちくらみを堪えるので精一杯だった。





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