10【告知】
しかし、翌日汐里は再び学校を休んだ。
悪い予感はしていた。
祐一郎は不安を抱えたまま、放課後何時ものように彼女の家に向った。
朝から低い雲で覆われた空から、パラパラと雨粒が落ちてくるのを感じて、彼は途中から早足を小走りに切り替えた。
小さな門扉を抜けて、汐里の家の玄関に駆け込んだ時には雨脚はだいぶ強くなっていた。
チャイムを何度か鳴らすと彼女が玄関のドアを細く開ける。
祐一郎は思わず溜息をつきたい気持ちだった。
その光景は、まるっきり先週に逆戻りだった。せっかくここ数日は何事も無く落ち着いていた汐里は、再び身体をガタガタと震わせていた。
玄関に入ってドアを閉めると、外の雨音は完全に遮断されて、今まで外にいた祐一郎には家の中の静けさが不気味にさえ感じた。
「マリが、智子が来るって。あたしを許せないって……五人であたしを殺すって」
汐里は祐一郎に強くしがみ付いて震えた。
「ちょ、ちょっと待って……五人て?」
「今朝増えたのよ」
「また増えたのかい?」
「どうなってるの? どうしてみんなであたしを責めるの?」
汐里は脅えていた。肩が小刻みに震えて、それが祐一郎の身体にも確かに伝わった。
「大丈夫さ。ただの脅しだよ」
彼の雨で冷えた身体には、震える汐里の体温さえ生々しく温かかった。
「今度は違うわ。新潟の駅を降りたって、さっきメールが来たのよ」
「駅からって事は、携帯から?」
「だと思う。きっと携帯からパソコンに送って来たのよ」
それを聞いて、祐一郎はハッとした。
そうだ。彼女たちの携帯のアドレスはどうなってる? 以前見た時はそこまで確認しなかった。全て汐里一人が行っている行動なら、汐里の携帯アドレスかパソコンのアドレスのはずだ。
祐一郎は、未だに彼女が自分で自分にメールを送っていると言う事が信じられなくて、携帯から送られて来たメルアドは全く違うアドレスであって欲しいと願った。
心の何処かで、汐里が正常なのだと微かな希望を捨てきれずにいる。
「来て」
汐里は、立ち竦んだまま思惟する祐一郎の手を強く引くと、自分の部屋へ上がった。
「見て」パソコンの電源は入っていた。
彼女はメールソフトを立ち上げてメールを開いて見せた。
『いま新潟に着いた。絶対コロス! 家は判っている。逃げても無駄だ』
やはりフォントの大きさはバラバラだった。いちいちフォントをこんなにバラバラに変えるのは面倒だと思うが……しかし、祐一郎はふと気が付いた。
これは携帯からではない。携帯のメール機能にフォントを変える機能は無いはずだ。
アドレスを見ると、それは汐里のパソコンのアドレスと同じだった。
……これは、やはり汐里が打ったものなのか?
昨晩から何通か着信しているメールも開いてみた。深夜に届いた娘は美奈恵、今朝届いた娘は由貴子と名乗っていた。確かに二人増えている。
二人共、先の三人と同じくフォントが滅茶苦茶で、所々にカラー文字を使っていた。
やはり汐里を激しく罵倒した文章が綴られ、美奈恵はマリに聞いたと、由貴子は智子に聞いたと言っている。
……それにしてもいったいどうなっているんだ。汐里の中の他人はこのまま増え続けるというのか?
もう一人の人格とやらが行っているのか、人格そのものが増えているのか祐一郎には判らなかった。
ただ、彼女が正常であって欲しいと願う気持ちは、心の隅から押し出されて消えていった。
その時、今度は汐里の携帯の着信が鳴った
彼女はおずおずと震える手で携帯電話を開いた。
「着信拒否したはずなのに……」
汐里の声は震えていた。
「ちょっと見せて」
祐一郎は彼女から携帯を受け取って画面をみた。
『殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス///殺ス……』
果てしないほど画面いっぱいにそう綴られていた。
それは和実からだった。祐一郎は差し出しアドレスを確認した。そして、汐里のアドレスも確認する。
同じだった。
これも自分で送ったものなのか……しかし、それを汐里が送信した履歴がない。何時の間に送信したのか。しかし、時間指定送信と言うものもある。
彼女は着信否定も解除してしまったのだろう。
しかし何故そんな事を……彼女の別の人格が怒っているのだろうか。自分が排除させる事を嫌って、嫌がらせをしているのか。
「彼女達は来るわ。ここへ向ってる。あたし、どうしたらいいの?」
汐里は錯乱寸前だった。
「助けて、祐一郎。あたしを守って」
「大丈夫だ、落ち着け」
祐一郎は声のトーンが上がる彼女を宥めるようにして、頭を優しく撫でると
「いいかい、俺の言う事をよく聞いて。これから俺の言う事を信じて」
汐里はしゃくり上げる声に涙を拭いながら顔を上げると、祐一郎を見つめた。
祐一郎も覚悟を決めた眼差しで、正面から汐里と視線を合わせた。
日没にはまだ間があるのに外はほの暗く、一層激しくなった雨音が窓ガラスを荒々しく叩いていた。
「このメールは、全てキミ自身が書いたものなんだよ」