クリスマスキャロル
クリスマスイブに遅番の仕事でちょっとやさぐれている玖月です。一人でさびしかったので書き殴ってしまいました。
どこもかしこも、カップルばかり。
ああ楽しそうなこった。
というかクリスマス無くなれ。
さっきから何回愚痴ったことだろう。
彼女がいても、イブに仕事が入ってしまえばクリスマスなどただのイベントに過ぎない。
彼女は「イブにデートしよう!」と誘ってくれたが、仕事が入ってしまって出来なかった。
仕事の件を伝えれば彼女は寂しそうに笑って、「分かった」と諦めてくれた。
先ほど仕事の合間に電話したら、家で寂しく映画鑑賞中だという。
折角のイブなのに、申し訳なかった。
「あと一時間か…」
彼、マヒトの仕事はタクシーの運転手。
朝からデートに遅刻すると厚化粧の女を乗せたり、先ほどは酔っ払いを何とか家に送り届けてきた。
あと一時間で仕事は終わるが、家に帰っても誰もいない。
彼女の家に言っても、もう夜だし迷惑なだけだろう。
寂しく働くしかないかとアクセルを踏むも、隙間風が寒く手が冷える。
ああ、手も心も冷え込んでいく。
空しい…。
「おっと…」
路肩に手を上げている男がいる。
プレゼントと思わしき袋をたくさん提げて、大変そうだ。
「どうぞ~」
「すみません! 旭日通りのコンビニまで! 裏が自宅なんです」
「はい」
乗り込んできた男はそう言い、たくさんの荷物を置いて大きな息をついた。
疲れ果てたようなため息だった。
マヒトはタクシーを発車させると、バックミラーでちらりと客を伺う。
自分よりも幾分年下のようだ。
隣に置かれているプレゼントは、子どもたちへのものだろうか。
帰ればパーティーか、羨ましい。
「随分大きい荷物ですね。お子さんたちにプレゼントですか?」
「え? ええ、一人娘に買いました。いつも仕事ばかりで構ってやれないので、今日ぐらいたくさん贈ってやろうと思って」
テヘテヘと照れる男性客が羨ましくて黙り込んでいたら、男性客はちらりと腕時計を見やる。
道の混雑も気になるようだ。
それに気付いたマヒトは、「お急ぎですか?」と聞いてやる。
「ええ、本当は6時には帰ると娘に約束していたのですが、つい仕事が長引いてしまいまして…」
マヒトが時計を確認すれば、現在は7時半。
「怒っているかな…」
済まなそうに呟く男性客の声がなんだか寂しそうで、所帯持ちも意外と大変なんだなあとぼんやり思った時だった。
どこからか明るいメロディが鳴り響き、男性客が慌てて携帯を探る。
「お嬢さんが怒ってるのかも知れませんね」
冗談で言ったつもりだったが、どうやら自宅からだったらしく男性客の顔がみるみる青くなる。
「…」
ごくりと唾を飲む音が聞こえて、「もしもし」という声が後方から聞こえた。
「ああ、アオイちゃん。…うん、…うんごめんね。今帰ってるよ」
相手は娘らしい。
早く帰ってきてよという甲高い声が、小さくスピーカーから聞こえた。
「うん…本当だよ、帰ってるよ。…だってパパ、サンタさんにソリに乗せてもらってるんだから」
おいおいそれは横暴だろうと思わず心の中でツッコんだら、「うん、サンタさんにかわるね」と後ろで声がした。
「運転手さん、お願いだサンタのフリして!」
「ええ!?」
俺が!? と声を上げてしまって、それでもお願いしますと頭を下げられてしまって、マヒトは仕方なく路肩にタクシーを停めた。
そして「何を言えばいいのだろう」とぐるぐる考えながら、男性客から携帯を受け取る。
「…お嬢さんの名前、アオイちゃんでしたね…」
「はい」
すがるような男性客に、マヒトは意を決して携帯を耳に当てた。
言葉は、自然に口から出てきた。
「ホーホーホー、メリークリスマス。アオイちゃん」
『わあっ!! 本当にサンタさん!!?』
無邪気な、甲高い声が携帯から聞こえる。
騙して申し訳ないという気持ちと、このまま騙し通さなければ男性客の父親としてのメンツにもかかわると思って必死に演技を続けた。
「こんばんはアオイちゃん。パパはソリに乗ってるよ、アオイちゃんへのプレゼントをパパに渡しておくね」
『アオイにプレゼントくれるの!?』
「もちろんだよ。アオイちゃんはいい子だからね」
『わあ! ありがとうサンタさん!!』
「どういたしまして。それじゃあサンタさんはトナカイにソリを引いてもらわないといけないから、パパにかわるよ。パパを大事にね」
そう伝えたら、「うん!」と元気な声がした。
『ありがとうサンタさん』
再びのお礼を聞いて、マヒトは男性客に携帯を返した。
男性客は一言二言会話をして、携帯を切った。
そして盛大なため息をつく。
「ありがとう運転手さん、サンタとおしゃべりできたって喜んでた…」
「どういたしまして。ばれなかったかな」
「名演技でしたよ」
タクシーを再び発進させて、しばらく沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは、マヒトだった。
「アオイちゃん、おいくつなんですか?」
「6歳です。今年小学校に上がって…」
「可愛い盛りなんでしょうね」
「それはもう!」
男性客は嬉しそうに笑って頷いた。
やがて彼の自宅も近づいて来て、マヒトは大事なことに気付く。
「お客さん、コンビニで降りよう。自宅の前に停めたらアオイちゃんの夢を壊しちゃう」
「そ、そうか…。じゃあコンビニで。すぐ近くなんで歩いて行きます」
コンビニにタクシーを停めれば、「ありがとう」と料金を支払われた。
「運転手さんのおかげで助かりました。このタクシーに乗れてよかった、ありがとう!」
タクシーから降りた男性客が本当に嬉しそうにそう言うものだから、マヒトも嬉しくなって帽子を少しだけ上げる。
「いいんですよ、今日はクリスマスイブなんだから」
「ありがとう。メリークリスマス!」
「メリークリスマス! ご乗車ありがとうございました!」
たくさんのプレゼントの袋に苦労しながら、それでもこちらに手を振りながら去っていく男性客に手を振り返して…。
マヒトは気になって、タクシーを降りた。
こそこそと男性客の後をつけると、「パパ!」と明るい声がする。
こっそり角から覗き込んだら、たくさんの荷物に埋もれるように幼い娘を抱き上げる男性客の姿があった。
「おかえりなさいパパ!」
「ただいまアオイちゃん、サンタさんからプレゼント預かって来たよ!」
パパ、サンタさんのソリに乗ったんでしょう? いいなあ。
アオイちゃんもいつか乗れるよ。
そんな会話をしながら、暖かい灯がもれる家に消えていく親子を見届けて、マヒトは踵を返した。
先ほどまで冷え切っていた心は、なんだかぽかぽかと暖かい。
いいものを見た。
なんだかほっこりして一人で笑っていたら、ふと目の前にふよっと何かが落ちる。
地に下ちて消えたそれは、雪。
ホワイトクリスマスだ。
「…」
マヒトは徐に携帯を取り出すと、ついさっき電話したばかりの彼女にかけた。
彼女は、すぐに出てくれた。
「ああユミ、これからさ、会えないかな」
どうしたの? 仕事は? と驚いた声が返ってくる。
「もうすぐ終わるし…。お前に聞いて欲しいことがあるんだ。俺いまサンタになったんだぜ?」
なにそれ? 彼女のユミが携帯の向こうで笑った。
「クリスマスイブもすてたもんじゃないな」
仕事していて良かった。
心から、そう思えた。
終
ちなみにこのお話は、何年か前のクリスマスシーズンにテレビで流れていたもので、私のオリジナルのお話ではありません。多分ニュースか何かの特番でやっていた気がするんですがあまり覚えてない…。