第4話 喧嘩、再び
夕暮れに染まる放課後の教室。私達以外に人の気配はない。
「瑞希、こっち向いて!」
顔を上げると携帯のカメラのシャッター音がした。携帯は、理恵のものだった。
「おー、うまく撮れた!瑞希ってカメラ意識してなかったら写真に写っても絵になるよね。でもクラスの集合写真の瑞希はすごい面白かったなぁ」
言われて四月に撮った集合写真を思い出した。「誰だこのブサイク」と思ったら自分だった。直前に瞬きをしてしまったのか、目が半開きでなんだか不気味だった。あんまり思い出したくない。
「ほっとけ」
すると理恵は可笑しそうに笑った。
「でもホントに今ケータイで撮った写真は結構綺麗に撮れてるよ」
理恵は先程撮ったらしい写真を見せてきた。そこには毎朝鏡で見慣れている、いつもの自分がいた。
「でもやっぱ、本物が一番かっこいい!」
抱きついてきた腕を振りほどく。もういい加減ウンザリのいつものやり取り。しかし、最近では我慢しないといけないことなのかな、とも思うようになった。女子校の子は、みんな友達同士で抱き合ったりするくらい普通なんだとわかってきたからだ。でもやっぱり、ベタベタされるのは好きじゃない。
「あ、彼氏からメールだ」
理恵は嬉しそうにメールを開いた。・・・・・彼氏?
「・・・理恵」
「ん?」
理恵は返事だけして、こっちを見ずに携帯の画面を見つめていた。
「彼氏いるの?」
「いるよ。言ってなかったっけ?」
「・・・いつから付き合ってんの?」
「中学入る前の春休みから。もーホントかっこいいんだよ〜。顔は美形で、性格はクールで、頭もよくて、マジ好み!」
どこかで聞いた褒め言葉。・・・・・私にだけ、言ってたんじゃないんだ。
「私とその彼氏、どっちが好き?」
すると理恵はやっと顔をあげて、困ったように笑いながら答えた。
「やだな〜。瑞希は友達で、彼氏は恋人。どっちが好きとか比べることじゃないじゃん。私レズじゃないし」
そうか。そうだよね、普通は。でも。
「なんで隠してたの、彼氏がいること」
「え?」
「なんで?」
「別に、隠してたわけじゃない・・・」
私は嫌な気分になって、立ち上がって鞄を掴んだ。教室の出口に数歩歩いたところで、後ろから手を掴まれた。
「瑞希。どうしたの?怒ってるの?言ってなかったこと」
「違う」
そんなことに怒ってるんじゃない。
「じゃあ何?」
顔だけ振り向くと、泣きそうな理恵の顔があった。
「あのさ」私はため息混じりに言った。
「そっちは私と仲直りしたつもりかもしれないけど、私は全然そんなつもりないから」
一度言うと、思ってもない言葉が次から次へと流れ出てきた。
「大体ウザイんだよね。抱きついてきて、勝手に『カッコイイ〜』とか騒いじゃってさ。かなり迷惑。お前なんか」
理恵の顔が少しずつ歪んでいった。
「大っきらい」
理恵は泣き出した。私は彼女を残して、教室を出た。向こうからクラスメイトがやってきて、すれ違った。背後でドアが開く音がして、クラスメイトの「どうしたの、理恵!」という声が聞こえた。きっと理恵は、今あったことをクラスメイトに泣きながら訴えるんだろう。明日から学校行きたくないなぁ、と思った。クラスメイトは、クラスのリーダー的存在・毛利恵子だった。