第2話 レズごっこ
六月、二度目の席替えがあった。くじ引きで決めたのだが、私は理恵の前の席になった。「また近くの席だね!」
理恵は嬉しそうに言う。入学式から一週間後くらいに席替えをしたので、彼女とはしばらく席が離れていたのだ。私もその時はただ、嬉しかった。
理恵は近くの席になってから、やけによく話しかけてきた。以前からよく話す仲ではあったけど、最近では明らかに回数が増えている。そして、他の人と話す回数は減ってしまった。
理恵は話しかけてくる時、「大好き!」と言いながら抱きついてくる。私は人にベタベタされるのが嫌いで、その度に手を振り払う。理恵は私のことを「美形だ」「可愛い」「かっこいい」「私の憧れ」などと勝手に美化したように言葉を並べる。私はそれに、ただひとこと「あっそ」と応える。理恵はそんな私にいつも、「瑞希ってクールだよねぇ」と言った。クールだからとか、そういうのは関係ない。私はこの時くらいから、理恵に苦手意識を持ち始めていた。人から過度な好意を向けられることに、慣れていなかったのだ。
「最近、理恵ちゃん、瑞希ちゃんのことばっかり話してるよね」
知世が言う。
「ああ、そういえばそうだよね」
麻衣と純子も頷いた。聞くのも嫌だったが、恐る恐る尋ねてみた。
「例えばどんなこと?」
「“例えば”って言っても毎回同じようなことばっかりなんだけど・・・」
「えっ・・・何、どんなこと言ってんの?」
すると麻衣はニヤニヤして裏声で演技を始めた。
「『瑞希ってね、すごくかっこいいんだよー!美形でクールで、頭もいいんだよ〜!』」
三人は腹を抱えてゲラゲラ笑った。私はそれが理恵の真似だと気付くのに数秒かかった。
「アイツいっつもそんなこと言ってんの?」
私が問うと、純子はからかうような口調で答える。
「うん。なんかもう瑞希にベタ惚れみたい」
それに続ける知世の言い方にもどこか笑いが含まれていた。。
「そうそう。瑞希ちゃんがいないと生きていけないって感じで。もうクラス全体に広まってるよ」
「・・・マジ?」
麻衣はクックッと笑いながら私の肩をバシバシ叩いた。他人事だと思いやがって。
「ていうかさ、理恵の奴、アンタにも直接言ってるんでしょ?アンタがなかなか振り向いてくれないって言ってたよ」
「振り向くも何も、女同士なんだけど・・・」
「瑞希って男っぽいところあるからねー・・・。でも、ま、あの子も本気じゃないとは思うよ?ていうか本気だったらみんなに言ったりしないでしょ?友達としてはすごく好きなんだろうけど。アンタ実際マジ結構かっこいい時あるけど、やっぱこの場合は“憧れ”なんじゃない?」
ふーん・・・。なるほど。――本気じゃない。いわゆる“レズごっこ”か。そうだよね。ふーん。
夏休み前になっても、理恵の態度は相変わらずだった。
「みーずきっ♪」
嬉しそうに抱きついてくる理恵。その腕を鬱陶しそうにほどく私。
「も〜、なんですぐ離れるの〜?」
「お前マジうざいんだってば」
「えー、ひどい!」
「痴話ゲンカですかぁー、お二人さん」
ニヤニヤしながら、クラスメイト達が見てきた。
「もー、からかわないでよー」
言いながら理恵は怒る真似をする。笑うクラスメイト達。つられて理恵も笑う。
恐らく理恵も含めたクラスの殆どが、私の罵り言葉を冗談として受け取っているのだろう。しかし、私は本当に理恵が苦手だった。以前「私のどこがそんなにいいの?」と尋ねたことがある。すると理恵は聞き飽きた褒め言葉をズラズラと並べた。それは無理に考えたお世辞のようにも思えるような内容だったが、理恵の声には確かに情熱と呼べるものがこもっていた。褒め言葉に偽りがないことがわかると、照れくさくてかえって苦痛だった。この人苦手だ、と思った。思ったことをそのまま口にする人は苦手だ、と。でも今思えばそれは、何と返せばいいのかわからなかったからかもしれない。本気で褒められて嬉しくない筈がないのに、「あっそ」としか返すことができなかった。私はあの時、何と返せばよかったんだろう。
夏休みになった。これから40日間はアイツから解放される、と思っていたのだが・・・。
『ハロー、みずき!暑いね〜。宿題多いよね↓↓もうヤダ〜(泣)』
休み初日に届いた一通のメール。差出人は理恵。メールは毎日届いた。でも私は週に一回くらいしか返さなかった。映画の誘いもあったが、家にいたいからと断った。電話も数回かかってきたが、出る気はなかった。それでもメールは止まなかった。
私はある日、決心をした。理恵に一通のメールを送ったのだ。その内容は、「迷惑だから毎日メールするのやめてくれない?」の一文だった。正直言うと、送信ボタンを押す時、少し迷った。これでメールは止まるかもしれないけど、アイツは傷つくんじゃないか。しかし私は、躊躇いを振り払い、送信ボタンを押した。すると、次の日から夏休みが終わるまでメールは一度もこなかった。