ゴースト ~四畳半の幻~
「うらめしや」
というセリフとともに女の幽霊が現れたというのに、この男ときたらなぜこうなんだ?
「……おや、君は幽霊か何かか?」
驚きもしない。逆に、幽霊の方が面食らっている。彼女も気の毒に。気を取り直して再度、少しドスをきかせてトライすることにしたようだ。
「う~ら~め~し~や~」
「こらこら、大きな声を出すな。近所の迷惑だろうが」
ここは狭い四畳半のアパートで、壁も薄い。この部屋の主人である男の叱責に、女幽霊は小さな声ですいません、と答えた。ああ、幽霊がそんな下手に出てどうする。この男の思うつぼだぞ。
「幽霊だと思っていいんだな? こっちの言葉は聞こえてるようだな。何か恨めしいことがあったのか? だいたい何で死んだ? 色々と聞きたいが……、あ、その前に。ちょっと触ってみてもいいか?」
質問攻めにした上に、触ろうとする男。もう30手前の男が、いい年して軽率すぎると思わないか。ちょっとは警戒しろよな。そして、当然ながら男の手は女幽霊の体をすり抜ける。幽霊のほうもビクッってなってるんじゃないよ。
「あの、ちょっとやめてください」
この人、痴漢です、とでも言いたげに彼女は眉をひそめて払いのけるそぶりをしたが、それも男の体をすり抜けるだけだ。なんだこのマヌケなやり取り。
「ほう。触れないな。となると気体なのかな。霧のようなものか? ちょっと風を当ててみるけどいいね?」
男は返事も聞かずに扇風機のスイッチを入れ、幽霊に風を当て始めた。女幽霊は唖然としている。もちろん微動だにしない。髪もたなびかない。
「影響なしか。物理的な存在ではないのかな。僕の脳が幻影を見ているだけなのかな。…おっと、失礼。まだ名前も聞いていなかったな」
男はノートを開いてペンを片手に「名前は?」と尋ねた。調書でも作るつもりか。女が黙っていると男は焦れたようにまた尋ねた。
「どうした、名前だよ。あるんだろう? 戒名でもいいぞ」
答えたらお前、戒名で呼ぶ気か。
「……あ、はい、京子と言います。23歳です」
女の幽霊はしぶしぶ答えた。別に年は聞いてないが。
「享年?」
「いえ、死んだのは二年前で、その時は21でしたので」
「死んでからも年はとるのか。それは想定外だった」
いや、それ以前に想定外なことはもっとたくさんあったと思うぞ。
「あ、いえ、私が数えているだけなので、身体に変化はないです。死んでますし。そういう意味では21歳というべきなのですが」
「いや、構わん。精神が経験している時間としては23年間だ。間違ってもいないだろう。まあ、女性としては適当なところで年を取るのをやめてしまう手もあるがね」
そう言って、男はにやりと笑ってみせた。今のは何かの冗談のつもりらしい。
「あ、ええ……そうですね」
京子と名乗る女の幽霊はひきつった笑いを浮かべた。出る場所を間違えた、そういう表情だった。
*
「で、なぜ死んだ? うらめしいというのは何に対してだ?」
一度に二つ質問する男。
「えーと、自殺です。うらめしいのは……そう、その話をしなくては。聞いてくれますか」
「あ、やっぱそれはいいや」
「え」
目が点になる京子。まさか質問しといて聞くのを拒否されるとは。
「忘れなさい。済んだことだ」
幽霊になって化けて出ているほどの恨みを、忘れろの一言で切り捨ててしまえる男の無神経さはむしろすがすがしいと言える。
「あの、聞いてもらいます。この恨みは忘れるなんてできません」
京子は強い調子で言ったのだが、
「ところで教えて欲しいんだが、幽霊はやはり足は無いのか?」
男はぜんぜん聞いてない。無神経、無配慮の塊だ。
「……ええと、足は無いわけではなくて……」
男の質問につい流される京子。ああ、君の悪いところはその流されやすいところだ。
「見たところ、君の着ているその白い襦袢の、すそから下に足が出ていないように見える。宙に浮いているように見えるぞ。足が無いのか? それとも、見えていないだけか?」
「えーと、足はあります。見えていないだけです」
「根拠は?」
「私は宙に浮いているつもりはないです。生きていた時と同じように歩いて移動しているつもりです。足は確かに見えないんですが……」
言って自分の足元を心細げに見やる京子。
「見えていないだけで存在はしているということか。顔はやや透けているとはいえ、見えているのにな」
男はちょっと考えこんで、京子に言った。
「……ちょっとその襦袢、脱いでみて」
「え」
京子は慌てる。
「いや、どこから消えているのかと思ってな。服は透けないようだし」
「あの、この下、何も着てないので……」
「そうか」
「……い、いやだから、裸なんですってば」
「いいかい? 僕は気にしない。僕が気にしないということは、君も見られるのを気にする必要はないということだ」
ザ・傍若無人。
「そう言われても……」
「別に触ったりはできんのだし、僕も幽霊に欲情したりせんよ。そう気にするもんでもないだろう」
「それはそうかもしれないですが……」
「まあ無理にとは言わんが、人の部屋に勝手に入った無礼を帳消しにするくらいはしてやる」
「……ま、まあそういうことなら……わかりました」
あっさり諦める京子。ものすごく押しに弱い幽霊だった。彼女は顔を赤らめながら(幽霊である為か肌が非常に白いのでわかりやすい)襦袢の前をはだけた。
「ふむ、なるほど、ほぼ首から下は見えないのだな」
「え?」
男のセリフに、京子は驚いたように自分の体を見る。たしかに襦袢の下は空洞だった。首から上だけは見えているが、急激に色が薄くなって胸のあたりはもう完全に消えている。襦袢をはだけてしまうと、まるで生首が浮いているように見える。彼女はほっとしたようだった。
「あの……本当に見えていないんですよね」
「ああ、見えるのはその襦袢だけだ。……手はどうなってる? ちょっと、袖から手を出してみてくれ」
京子は、袖の中に引っ込めていた手を出した……ような仕草だったが、見えない。
「手も足と同じか。首から上以外は、まったく見えないわけか。なるほど……だから心霊写真なんかには生首や顔だけが映ったものがよくあるのかもしれないな。……ああそうだ、写真だ写真」
男はカメラを引き出しから取り出すやいなや、彼女が反応する間もなくシャッターを切った。彼女は唖然としている。完全に男のペースだ。
「すまんね、今パソコンを立ち上げる。デジカメだからな、ケーブルを繋げばすぐに見られる」
「あの、写真には写るんでしょうか」
幽霊としてもそこは興味があるらしい。
「それを試してみるんだよ。まあ、世の中には心霊写真というものがあれだけあるんだから、写ってもいいんじゃないかなと思っているがね」
「その、こんなことをして罰が当たったりはしませんか……」
その罰を当てるのは君じゃないのか。一方、男はそんなことは気にする様子もない。
「まあ生きている限りは、何をしていても罰は当たるさ」
そりゃあ、あんたはそうだろうよ。
パソコンが立ちあがった。男はカメラをケーブルにつないで画面に写真を表示する。
「ほう。やっぱり思ったとおりだ、写ることは写るな」
京子は画面を覗き込んで、まあと声を上げた。画面にはなんだかボンヤリとしてはいるが、確かに京子が写っている。……首から上と、あと空中に浮いた襦袢が。
「デジカメでも心霊写真が撮れるというのは発見だな」
「ピントがあってないですね」
「顔に焦点を当てたんだが、半分透けてるもんだからオートフォーカスがうまくいかなかったなぁ。奥の壁に焦点があってる。まあいいや。……じゃあ次は動画だ。」
男はさっさと別のビデオカメラを取り出して、京子に向けた。行動が矢継ぎ早だ。彼女はついていくのに苦労している。
「わっ。ちょっと待って下さいよぅ」
「ほら、動いてくれないと意味が無いだろう。じっとしてないで動いて」
「……えっ。えっ。何すればいいんですか?」
「盆踊りでも踊ってりゃいいだろう」
京子は首をひねりながら、ぎこちなく踊り始めた。盆踊りは……普通は生きてる側が霊を供養する為に踊るものだ。とんだブラックジョーク。まさに、踊るアホウに見るアホウ。
*
「動画のほうも写ってはいるが……声は僕の声しか入ってないな」
「あ……そうですね……」
パソコンで今撮った動画を再生する男。モニタを覗き込む京子。
「なぜ映像だけが記録されるのかは不可解だな……。……ま、いいか、どうでも」
男の探究心は旺盛だが、中途半端だった。
「君はその襦袢以外にも服は持っていないのか?」
「……持ってないわけじゃないですけど」
「似たような服ばかりなのか? 幽霊が着られるのは襦袢だけとか?」
「あ、その……そんなことはないです。ただ、一応、幽霊の基本はこれということで、初めくらい基本に忠実にですね……」
「ああ、基本なんてどうでもいい。女というものは服をたくさん持ちたがり、しょっちゅう着替えたがるものだ。着たいものを着なさい」
なんであんたはそんな偉そうなのだ。
「すいません、私、その、気が回らなくて……」
彼女のほうには謝ることは何一つない筈だが。この男は相変わらず、京子が幽霊であり「恨めしい」のだということを忘れているようだ。
「そうだ」
男は思いついたように言った。
「ちょっと頼みがある。……君は襦袢の上から見た限りでは、なかなか悪くないスタイルをしているようだし」
「!!」
京子は慌ててはだけていた襦袢の前をあわせ、手で胸のあたりを隠した。男が、そういう目で自分を見ようとは思わなかったらしい。急に身の危険を感じて、警戒の目で男を見つめている。……普通、立場が逆だけど。
「あなた……私に何をさせようって言うんですか?」
「ああ、そう警戒しないでくれ。僕はただ、芸術写真を撮りたいだけだ」
「なっ……芸術写真って…まさかヌードですか?」
京子は青ざめた顔で言ったが、男は呆れたように言った。
「発想が浅はかだな。そんな、ただのヌードなんて生きてるモデルで撮れる。だいたい君、顔しか写らんだろう」
男の目は、どちらかというと、好色というよりも純粋な好奇心で輝いていた。新しいおもちゃを手に入れた子供。
「僕が撮りたいのはむしろ服を着た君だ。なにせ首から下は天然の透明人間だからな。CGなんか使わなくても、面白い写真が撮れるぞ」
京子は少し安心したようだ。
「あ……はあ、わかりました。あの、では代わりと言ってはなんですが、こちらも一つ協力して欲しいことがあるんです」
「なんだね」
「私をフった恋人を、探してるんです。本当はこの部屋の住人だった筈なんですけど、化けて出てみたらいなくて。幽霊として出てくるまでに二年もかかったせいで、他に引っ越してしまったみたいです」
「なんで二年もかかった」
そう。なんでだ。
「いえ、もうちょっと早く出てこようとしたんですけど……その……あの世で遊んでるのも意外に楽しくって……」
で、二年もか。二年も遊んでたのか。
「そうか。それで?」
男は聞いたもののあまり興味はなかったらしい。
「アイツの引っ越した先を突き止めて欲しいんです。幽霊って、場所に憑くか人に憑くかで、自分で勝手に移動できないんです。だからあなたにとりついて移動せざるを得ないんです」
「なるほどな。いいだろう。その条件を飲もう」
彼女の顔がパッと輝く。
「ほんとですか?」
「ああ、じゃあ早速だがファッションショーを始めようか」
男はカメラを手にして宣言した。
*
「私が今持っている衣装を全部持ってきました」
彼女は3つもスーツケースを持って現れた。二年の間にずいぶん服を増やしたようだ。
男はヒューと口笛をふいた。
「よし、始めよう」
男はクローゼットの扉と立てかけたこたつで作った、急ごしらえの更衣室を用意した。別に見えちゃいないんだから目の前で着替えたって良さそうなもんだが、なんとなく恥ずかしいらしい。
京子は、次から次へと衣装を着替えていった。男もデジカメのメモリの許す限りシャッターを切りまくる。
「ロングコートか……。いいね、夏だといっても幽霊に季節は関係なしだ。そのファーも似合っているよ」
「なるほど、ストッキングを履けばその脚線美もお出ましってわけだ。チャイナが似合うな。おっと扇を忘れるなよ」
「スッチー……いやキャビンアテンダントか。航空機事故で死んだ幽霊から貰ったって? そのわりには綺麗なもんだな。そっちの白い手袋、それがあれば手もあるように見せられるぞ。いいよ、似合ってる」
「それはリクルートスーツか? ……なるほど、就職活動前だったから着てみたかったのか。悪くないよ」
次々と撮影は進む。姿が消えている首から下は、手袋やストッキングを駆使して、見せる。一通りの衣装を披露して彼女が満足したところで、今度は男が注文を出し始める。
「じゃあ、今度はそのノースリーブを。それに、肘まである手袋をつけてみてくれるか?」
そうすると、二の腕の部分だけが見えていない格好になったが、しかし他の部分の服のおかげで、見ている人間にはそこに細い二の腕のあることが想像される。なるほど、男の言う「面白い写真」か。
「靴をいくつも並べて。……そうだ、そう。そして君もストッキングは脱ぐんだ。ほら、一体どれが君の足かもうわからないだろ?」
「そのマントはいいな。フードも被って……。まさにゴースト。おっと、気を悪くするなよ?」
芸術というよりどちらかというとジョーク写真だったが……男もノリノリだったが、京子も満更でもないようで、言われるままに服を変え、ポーズを変えていった。
*
「それじゃあ、私のお願いのほうを聞いてもらえますか?」
男はすっかり満足したようだった。上機嫌だ。
「ああ、その君をフッた馬鹿野郎の居場所を突き止めるんだったな」
「ええ、お願いします」
「名前はなんていうんだ?」
「小島尚也です」
男はその名を聞くと、首をかしげた。
「……ん? なんか聞いたことあるな、その名前」
「え、本当ですか?」
思いもよらず早くたどり着けそうな予感に目を輝かせる彼女。
「知り合い……じゃあないしなあ。そうだ、大家に聞いた名前だ、確か」
そう言って、電話をかける男。電話の相手は今言った大家らしい。
「ああ……ああ……そうだった。二年前だよな。ああ、思い出した。ありがとう」
この男は、さすが、大家に対してもずいぶんぞんざいな口の利き方だ。
「わかったよ」
男はにっと笑った。
「その小島くんだが、二年前に死んでいるね」
*
さすがに京子も、ショックを受けたようだった。
「え? なんで?」
「なんでだったかな……。聞いたような聞いてないような。自殺だったような気がする」
「……どこで?」
「そりゃ、この部屋だろう」
「…………えぇっ!?」
「君が言ってたとおり、この部屋の前の住人がその小島くんで、死人が出た部屋だったから僕はこの部屋を安く借りられたんだよ」
「そんな……」
そうだ。小島尚也はこの部屋で死んだのだ。
「君が死んだのは二年前と言っていたな。二年前のいつだ?」
「6月です」
「彼が死んだのは確か9月だ。僕が入ったのが10月だからな。だいたい3ヶ月後か」
「……なんで死んだんですか?」
男は肩をすくめた。
「僕は知らないよ。本人に聞いてみりゃいいじゃないか。彼だって幽霊になってるんじゃないのか?」
「あ、そうか……ちょっと問い合わせてみます」
……やばい。
「問い合わせるなんてできるのか。お、なるほど、その電話、幽霊が使うこともできるのか」
京子が男の部屋の電話に手を触れて、どこかと会話をしている。そう、幽霊は連絡手段に電話を使える。手を触れて通話する。たぶん彼女が話してるのは、霊界の管理局だろう。
「ええ、ええ、はい、そうです。……こじま、なおや、です。男で、二年前に死んでます。享年は22歳の筈です。……ええ、……え、嘘! この部屋じゃないですか」
彼女は男を振りかえった。
「……地縛霊になっていて、死んだ場所に……つまりこの部屋にいる筈だそうです」
「え、本当に?」
男も流石に驚いたようだ。そうだろう。まさか自分が暮らした二年間もの間、ずっと幽霊が同じ部屋にいたとは思うまい。……まあうまく隠れていたとはいえ、本当に全く気づかなかったのは流石にこの男が鈍感だと言わざるを得ないが。
「そういえばもう一人幽霊の気配が……そこらへん、その天井裏です」
そう。天井裏に、僕はいたのだ。いるとバレてしまえば、幽霊である彼女には気配が感じられたようだ。
「……ちぇ、バレたか」
*
「尚也……!」
天井裏から降りてきた僕を、京子はにらみつけた。
「京子……」
僕はどう説明しようか迷っていたが、まず男が僕に尋ねてきた。
「君、ずっとこの部屋にいたのか」
「ええ、すいません、ずっと隠れていました。あなたの生活を邪魔してはいけないと思いまして……」
本当は、出くわすと凄く面倒くさそうな男だということが行動を見ていてわかったからだが。
「京子。僕はずっと君を探してたんだ」
「尚也……ウソよ、だってあなた、私をフって……」
「違う、あれは君の誤解なんだ。僕はずっと君を愛してた。その証拠に、僕は君が死んだことに耐えられなくて三ヵ月後には後を追ったんだ」
「まあそうだったの。私あなたが浮気してるのかと思って勝手にフられたと思い込んで死んじゃったの」
男が、なんてバカなカップルだとつぶやいたのは無視することにして。
「でも、君が現世のどこにもいないんで、とりあえずここに出たんだ。……まさか二年もあっちで遊んでたとは思わなかったけど」
「うっ。……ごめんなさい」
「いいんだ。僕は君に会えただけで。さあ、京子、ふたりで成仏しようじゃないか」
「うん、尚也……あいたかった」
僕は京子を抱きしめて、急いで電話に手を伸ばした。
「あ、管理局ですか、こちら管理番号33960の小島です。成仏依頼、二人です。大至急手配お願いします」
「……ちょっと、尚也、何急いでるの」
「あ、いや、ほら、善は急げって」
急げ急げ。でないと……。
「ちょっとナオクン、何よその女は!?」
ああ……来てしまった。
*
天井から降りてきたのは、派手な服装の女。幽霊なのにミニスカート。足はやはり透明だが、網タイツでラインをアピールしている。
「ちょっと尚也、誰よこの人?」
「あ、京子、違うんだ、この女はなんでもな……」
「私はリカよ。ナオクンの彼女なの。あんたこそ誰よ! なに、人の男と一緒に成仏しようとしてんのよ」
「はぁ!? 尚也の彼女は私よ! ……ちょっと尚也……どういうことなの、これは」
僕は頭をかかえた。最悪の展開だ。
「見たところ、ふたまたをかけていたようだな」
男が、いらん解説を入れてくる。
「ま、まあその……二人とも落ち着いて」
「ナオクンはね、私と心中したのよ! あんたなんかの出る幕ないんだから」
「はぁ? 心中!? ちょっと尚也、やっぱり浮気してたんじゃない! 私の後を追って死んだってのは嘘だったの?」
「浮気なんかしてないよ。君が死んだ後に出会ったんだ。嘘じゃない。後を追って死んだのも本当だよ。ただ、そのついでに心中したっていうか……」
「ついでってどういうことよ! 私とあの世でも一緒にいようって言ってたじゃない! こんな女に会いに来る為だったの! ひどいわ!」
「いや、リカだって僕のことなんかほっといて外を遊び歩いてばっかりじゃないか。ずっと成仏しなくていいわーとか言って」
「あらそうなの。なら尚也は私と成仏すればいいわ」
「何よそれ。ナオクン、私のこと嫌いになったの? ひどいわ、グスッ」
「あああ、違うんだ。嫌いになんかなってないよ、ただちょっと疲れたっていうか……」
「な、尚也、まだこの女に未練があるの? 騙されてるのよ」
「……ああ、お取り込み中すまんが君ら、ほら、係の人が来たよ」
男に言われて振り返ると、スーツ姿の中年の幽霊が立っていた。ああ、さっき僕が電話で呼んだ成仏担当の管理局員だろう。
「あの~、こちら成仏依頼出てますよね、コジマさまはどちらに?」
あ、僕です、と手を挙げる。
「成仏はお二人と伺ってます。どちらの方ですか?」
管理局員が京子とリカのほうを見た。
「ちょっと尚也、あたしとこの女、どっちを選ぶの?」
「ナオクン、もちろん私よね? 一緒に心中した仲だもんね?」
京子とリカが睨んでいる。
さて、どうしよう。
困ったな。
うーむ。
「……ここは一つ、三人で成仏ってことでどうかな?」
……僕は、そう言ってみた。
「尚也、サイテー」
「ナオクン、こんな情けない人とは思わなかった」
「小島くん、君、流石にそれはダメだろう。男だったらハッキリしたまえ」
「私も、業務上はともかく個人的にそんな優柔不断な男は許せませんね」
集中砲火だった。
僕は思った。ああ、太宰治も、きっと大変だったんじゃないかなあ。