少年と魚屋のおじさん
俺はよく人に変わってるねって言われる。確かに事実だ。俺は普通じゃない。皆が当たり前に出来る事が俺だけ出来ないし、コミュニケーションもおかしい。そんな人間。なのにも関わらず俺には他の皆にはないような突出した才能が一つもない。聞いてた話と違う。天は二物を与えずとは言うが、一物も与えられない人間もいるらしい。それが俺だった。つまり、俺はただ生きるのに向いてない。
商店街をぶらぶら歩いていた。朝の商店街は空いていた。魚屋のおじさんが元気良く俺に言う。「よう!にいちゃん。元気か!」俺は答える。「・・・うん。元気だよ。」「どうしたんだよ。そんなうかない顔して。おっちゃんに相談するかい?」「良いのかい?」「良いよ。アンタと俺の間柄じゃないか。」「うん。あのね。」俺と魚屋屋さんのおっちゃんは俺が子供の頃からの付き合いである。俺は魚屋のおじさんに自分の悩みを話した。おじさんはそれを聞いて、こう答えた。「う〜ん。なるほどな。皆が当たり前に出来る事が出来なくて、にも関わらず才能もない。このままじゃ将来が心配だ。そうかぁ〜。ところでにいちゃん今何歳だ。」「もう20歳だよ。」おじさんは目を丸くして言った。「はぁー。もうそんな年か。早いねぇ〜。にいちゃんさぁ。夢はあるかい?」俺は正直に答える。「夢は無いかな〜。ていうか分からないんだよ。」おじさんは言った。「そうか、、、。まず夢を見つける事が大事だな。夢ってのは自分がやりたい事を見つける事さ。それを見つけてしまえばしめたものさ。そこ目指して走ればいいからな。」「でもそれが自分には出来ない事だったり、向いてない事だった場合どうすれば良いの。」「そん時は、出来るように努力すれば良い話さ。それにやりたい事に向いてるも向いてないも関係ないだろ。そんな事よりも自分が楽しければ良いじゃないか。人生において大事なのは才能がある事や人より優れている事よりも、やりたい事を見つける事だとおっちゃんは考えてるさ。」俺は考えた。自分のやりたい事って何だろう?俺は答える。「俺やっぱり分からないや。やりたい事が何なのか。正直たくさんあるんだよ。俺が今やりたいって思ってる事はね。でもね…。どういうわけか、霧が晴れないんだ。」おじさんは少し考えた。そして何かを思いついたように俺に言った。「まあ、そうだよな。おっちゃん分かるよ。その霧の正体。その正体は、やりたい事やる為にやりたくない事をやらなければいけないっていう矛盾だろ。違うかい?」俺はハッとした。おじさんは話を続ける。「やりたい事は沢山あるんだろう。でもそれをする為にはやりたくない事をやらなければいけない。それに耐えられるほどの、やりたい事への熱量がない。結果、にいちゃんはここで足踏みするしかない。そうか、、、。」おじさんは少し下を向いて少し曇った顔で言った。「おっちゃんさっき言っただろう。やりたい事見つけて、そこに向かってけば良い。自分が楽しければ良いってな。でもな、よく考えたら実際にはそんな事あり得ない。やりたい事やる為にはやりたくない事やらなきゃいけないのさ。だから、ほとんどの人がやりたい事を諦めるんだよ。もうこれ以上やりたい事やるためにやりたくない事やりたくないってな。つまりな、やりたくない事はやりたくないだろ。でもな、やりたい事やるためにやるやりたくない事は、ただのやりたくない事より多分もっとやりたくない事なんだよ。実際、好きな事だけで生きていける奴なんていないんだよ。だって好きな事やるためには嫌いな事やんないといけないからな。」俺は頷く。おっちゃんは顔を上げて何か思いついたように言った。「あ、でもそうか〜。結局はやりたくない事を頑張れる位やりたい事見つければ良いのかな。なんかそういうのあるかい?」俺は考えた。そして思いついた答えを言う。「俺、何も思いつかなかったよ。もしかすると、俺は楽だけど刺激的な毎日を過ごしたいだけなのかもしれない。これって、どう思う?」おっちゃんは言う。「良いと思うぜ。でもまぁ難しいかもな。働かざる者食うべからずってことわざあるだろ。これって働かない奴に食う資格はねぇって働いてない奴に言っているわけじゃないとおっちゃんは思ってる。このことわざの本当の意味はな、働かないと食えないよって事なんだよ。つまり、飯食うためには働くしかないって事を言ってるのさ。俺たちみたいな家柄に恵まれていない人間はな。やっぱり生きてく為にはやりたくない事やるしかねぇみたいだな。」俺は頭を悩ませた。「やっぱりやりたくない事以上にやりたい事を見つけるしかないのかな〜」おっちゃんは言う。「その通りさ。ちなみにその場合は、周りの目なんて気にするなよ。分かったか?」「うん。分かったよ。」俺は考え続けた。自分がやりたくない事以上にやりたい事を。そもそも俺がやりたい事ってどうしてやりたいんだろう?おっちゃんは何か呟いていた。「おそらく夢を追ってる人間もそうじゃない人間もどの道を進もうが、結局は嫌な目に遭うもんなんだろうな。じゃあ結局生まれた瞬間に実は人間皆不幸になる覚悟を持たなきゃいけねぇんだな。それに気づいた奴からどんどん先へ進んでいくんだろうな。でも本当は気づいてるけど気づいてないフリをしてる小心者もいるんだろうな。この小説の作者とかがな。」「え?作者って?」「いや、何でもない。聞かなかった事にしてくれ。色々とややこしくなるからな。」「?」
俺は考えた結果、やっぱり分からなかった。「俺、やっぱりわからないよ。ごめん。こんなに相談にのってくれたのに結局何も言えなくて。」おじさんは言う。「ええよ。まぁ結論からいうと、人間生まれた時点で負け組やねん。だからまぁ絶望することも受け入れて生きなきゃいけないって事さ。どの道選んでも結局人生は苦しいもの。おっちゃん思うんだよ。人間の幸せ、楽しみや、娯楽は逃れられない不幸を忘れる為に存在しているんじゃないかなってな。おっちゃんは今は幸せだけどそうじゃない時期もあったし、またいつ不幸になるかなんて分からないからな。まぁでもポジティブに前向きに生きた方が人生は楽しいって事だけは言っておくよ。にいちゃんは、おっちゃんみたいにネガティヴになるなよ。」俺は言った。「でも、俺はおっちゃんのそういうところが好きなんだよ。おっちゃんは普段から元気で良い人だけど、綺麗事は決して言わないだろ。俺はポジティブなだけのおっちゃんよりも、ネガティヴな考えを持ってるおっちゃんの方が好きなんだよ。それに、おっちゃんが俺が元気ない事に気づいてくれて、寄り添ってくれるのって、おっちゃんにも暗い部分があるからだろ。だからおっちゃんはいつも俺の苦しみに気づいてくれる。それに俺、今までどれだけ救われた事か。人生明るく楽しく生きた方が良いって言うけどさ、世の中闇の中でしか生きられない人達もいて、その人達にポジティブな言葉言えとか、もっと明るく元気に生きろって言うのってその人達の気持ちを無視した心への暴力だと思うんだよ。」「まぁ、確かにな…。」俺はさらに続ける。「失恋したら死にたくなるし、悪口言われたら悲しいし、苦しいし、その悪口言ってきた奴が本当に目の前で死んだらむしろせいせいする。やりたい事やるためにやりたくない事やりたくないし、やりたくない事だってやりたくない。確かに我儘って言われるかもしれないけど、俺のこの気持ちは本物でそれを否定する権利なんて誰にもないと思うんだよ。俺は明るくてポジティブで前向きな人間よりも、本当は暗くてネガティヴで前向きじゃないけど、だからこそ人の苦しみや痛みが分かるし、自分も他人も大切にできる優しいおっちゃんみたいな人間になりたいんだよ。」俺はそう言った。それを聞いた魚屋のおじさんは目に涙を浮かべて言った。「にいちゃん、、、。泣かせてくれるじゃねぇか。ありがとうな。そう言ってもらえておっちゃんは凄く嬉しい。これだけは伝えておくよ。世の中にいちゃんみたいな善人ばっかじゃねぇから、にいちゃんのその人の良さにつけ込まれて利用されないようにな。」俺は答える。「俺は善人なんかじゃないよ。ただの小心者だよ。」おっちゃんは目に涙を浮かべながら笑顔で言った。「確かにその通りかもな。でも俺にとっては、にいちゃんは善人だ。他の人はしらねぇけどな。善人とか良い人っていうのは自分にとって都合のいい人間に対して言ってるだけで、実際人間は誰にでも都合のいい人間になれる訳じゃねぇからな。でもにいちゃんはおっちゃんにとっては間違いなく善人だ。だからおっちゃんはにいちゃんを応援してるよ。」俺は答える。「ありがとう。おっちゃん。じゃあ俺そろそろ行くよ。」「おう。またな。」そういっておっちゃんは笑顔で手を振ってくれた。俺も笑顔で手を振って、朝の空いてる商店街を抜けて行った。朝の風は気持ちが良い。空も晴れていて晴天。俺は町のハズレの丘に登って、そのてっぺんで寝そべった。雲が流れていく。俺が今感じてるこの安らぎは、嵐の前の静けさ。きっと明日からまた不安に満ちた少し苦しい日々が続くのだろう。それでも俺は生きていく。だって俺は死ぬのが怖いただの小心者だから。
終わり




