やっぱり解説キャラは眼鏡キャラだよね
着替えに取りかかる空気の中、眼鏡の男子――桐原悠真は、丁寧に新品のシューズをベンチに並べていた。まだ一度も使っていない真っ白な靴底が、部室の薄暗さの中でやけに目立つ。
「ふぅ……やっぱりこういうとき、事前に調べておいてよかった」
桐原が小さくつぶやくと、横で体操着を引っ張り出していた石田快が首を傾げた。
「調べたって何を?」
「この学校のテニス部のこと。ここ数年、ちょっとずつだけど成績を上げてきてるんだ。去年は県ベスト32まで行った。公立校にしては上出来だろ」
その言葉に、大谷圭祐が「ふむ」と頷く。
「それは俺も聞いた。近所の先輩が去年の試合を見に行ったらしい。強豪に食らいつく双峰は、ちょっと話題になったって」
「へぇ~、やっぱ知ってるんだな」快が感心したように声を上げる。
「うん。俺、中学のときテニス部の試合見るの好きだったからさ。県大会で双峰の名前を見かけて、あれ?って思ったんだ。前までは一回戦負け常連だったのに」
桐原の説明に、快も大きく頷く。
「俺も聞いた! 『双峰にすげー先輩がいた』って。なんか“英雄”って呼ばれてるんだろ?」
「そう、その人。数年前、たまたま入ってきた実力者が流れを変えたんだ。県ベスト16入りしたときのレギュラーで、今は――」
桐原は言葉を区切り、眼鏡の奥の目を細めた。
「その人が、この部のコーチをやってるらしい」
「マジで!? それってめっちゃ強いってことじゃん!」快が食いつく。
「でも“たまたまの一人”がいたから勝てたんだろ? 今年はどうなんだろうな」大谷は現実的に言葉を添える。
「それでも、ここ数年で少しずつ雰囲気が変わったのは確かだと思う。英雄が残した影響っていうのかな。だからこそ、俺は興味があったんだ」桐原は淡々と続ける。
「……さすが物知り」快が苦笑する。「やっぱ桐原って解説キャラっぽいよな」
「事実を話してるだけだよ」
そんなやり取りを聞きながら、伊吹は心の中で静かに息を吐いた。
(……双峰の英雄? そういう人がいたのか)
自分が選んだ高校のテニス部に、そんな“歴史”があったとは知らなかった。
――ただ、伊吹にとっては「強さ」とか「英雄」とか、そんな言葉はどこか遠い。
中学で味わった、重苦しい練習と果てしないプレッシャー。思い出すだけで、背中がじんわり重くなる。
(……別に、俺は“勝つため”にここに来たわけじゃない)
心の奥で、そう強く言い聞かせる。
だが一方で――鞄の中に忍ばせた練習着とラケットが、黙って存在を主張していた。




