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《Match Point Me》/マッチポイント・ミー  作者: 世志軒


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テニス部入部へ

 放課後の校舎裏は、どこも新入生勧誘の声で満ちていた。

 グラウンドでは野球部が白球を掲げ、サッカー部は円陣を組み、吹奏楽部の音色が校舎にこだまする。

 どの部も「来いよ!」と必死に声を張り上げている。


 そんな喧騒から少し離れた場所。

 フェンス越しのテニスコートに、伊吹陽太は足を止めていた。


 乾いたボールの音。

 「ナイス!」と笑い合う声。

 ラケットを振る先輩たちの表情には、必死さよりも楽しさがにじんでいた。

 勝敗に縛られすぎない、どこか心地よい雰囲気。


 (……ここなら、大丈夫かもしれない)


 胸の奥で、小さな声がした。

 「勝て」「強くなれ」と背中を押されることのないテニス。

 「楽しむ」ためだけにできるテニス。

 そんなものが、本当にここにあるのかもしれない――そう思うと、肩の力が少しだけ抜けた。


 けれど、すぐに別の声が囁く。


 (……いや、俺はもう、テニスなんてやらないって決めたはずだ)


 中学時代。

 彼が所属していたテニススクール《ラディアンス》。

 プロを目指す選手たちに囲まれて毎日テニスを行っていた。

 期待され、比べられ、勝てなければ居場所もない。

 勝利を「義務」として突きつけられ続けた三年間。

 そこに“楽しさ”なんて一つもなかった。


 (もう二度と、ラケットなんて握るもんか――そう思ったのに)


 視線を落とすと、肩にかけた鞄の中に黒いグリップが覗いていた。

 気づけば、今朝の支度のときに、何の気なしにラケットを入れてきていたのだ。


 「……俺ってバカだな」


 思わず苦笑が漏れる。

 “やめる”と心で言い聞かせても、身体は勝手にラケットを求めている。

 数千回と振ったフォーム。

 汗で重くなったユニフォーム。

 ボールを捉えたときの振動と、耳に残る乾いた音。

 全部が、まだ掌に刻み込まれていた。


 (……結局、俺は完全には捨てられなかったんだ)


 鞄からラケットを取り出す。

 無意識のうちにグリップを握り、スッと構える形を作っていた。

 まるで手と体が勝手に「ここにあるべきだ」と主張しているようだった。


 (でも、ここでは違う。勝ちを背負わされるんじゃない。楽しむだけでいい。

 ……俺にとっての“新しいテニス”を、ここで見つければいいんだ)


 そう自分に言い聞かせ、伊吹は深く息を吐いた。

 それでも、胸の奥のどこかで不安は消えない。

 「どうせまた期待されるんじゃないか」

 「どうせまた背負わされるんじゃないか」

 ――そんな声が、心の底で小さく鳴り続けていた。


 「――新入生?」


 不意に声をかけられ、伊吹は振り返った。

 コートの中から、一人の先輩がラケットを持って歩み寄ってきていた。

 「体験してみる? 打ってみたらいいじゃん」

 人懐っこい笑みと、悪気のない勧誘。


 伊吹は少しだけ目を伏せた。

 断ろうと思えばできる。

 「いや、結構です」と言えば、ここで終わる。


 ――だが、その言葉は出てこなかった。


 (……俺は、ほんとにバカだ)


 小さく息を吐き、頷く。

 再びコートに足を踏み入れる。

 “もう二度と握らない”と決めたはずのラケットを、しっかりと握り直しながら。

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