放課後
入学式が終わり、体育館に満ちていた緊張の熱はすっかり薄れていた。
校舎を出た新入生たちは、それぞれに友人や家族と連れ立ち、校門前で写真を撮ったり、談笑したりしている。
伊吹陽太は人混みから少し距離を取り、鞄を肩にかけ直した。
(……やっと解放された)
壇上でスピーチをしただけなのに、やたらと視線を浴びる。
「代表の子だ」「しっかりしてる」――そんな囁きが耳に残っている。
教師の目は安堵と期待。生徒の目は憧れと羨望。
そのどれもが心地よいものではなく、背中に重くのしかかっていた。
(……別に、特別扱いされたいわけじゃないのに)
深いため息をつこうとしたその時――
「――アンタ、やっぱりカッコつけすぎ」
背後から投げられた軽い声に、伊吹は足を止めた。
振り返ると、制服のスカートをひらりとなびかせて歩いてくる女子生徒がいた。
明るめのブラウンのセミロングヘア。毛先をゆるく巻いた髪が春風に揺れる。
シャツの第一ボタンは外れ、袖口はラフに折り返されている。ルーズめの靴下にローファー、カーディガンを羽織った着こなしは“きちんとしているのに抜け感がある”絶妙なバランス。
派手すぎないのに目を奪う、不思議な存在感を持っていた。
「……三谷」
「お、覚えてたじゃん。冷たいアンタのことだから忘れてるかと思った」
三谷莉緒。
小学校から中学まで、ずっと一緒だった幼なじみ。
中学の頃は疎遠になっていたが、こうして同じ高校に通うことになった。
「お前も双峰か」
「“お前”じゃなくて莉緒でしょ。名前で呼べって」
「……悪い」
「ほんと昔から変わんないよね、アンタって。謝るのだけは素直」
にやにや笑いながら隣に並ぶ莉緒。
校門を抜けると、通学路には同じ制服の新入生たちが並び歩いていた。
「にしても、スピーチ。完璧超人すぎじゃん」
「やめろ」
「ほら、またそういう顔。褒められるの嫌いって、ほんと損な性格だよね」
「別に褒めてないだろ」
「まぁね。“完璧超人”ってちょっとバカにしてるし」
莉緒はわざとらしく拍手をしてみせた。
伊吹は渋い顔をして足を速める。
「やめろって。マジで疲れたんだよ」
「知ってる。ああいうの、アンタ一番嫌いだもんね」
その一言に、伊吹は思わず足を止めた。
図星を突かれたからだ。
(……やっぱり、こいつには隠せねぇな)
壇上で堂々と見せた自分と、内心で押しつぶされそうになっている自分。
両方を知っているのは、この幼なじみくらいだ。
「……別に嫌いってわけじゃない」
「はい出た、“別に”。便利だよね、その言葉。小学生の頃から変わんない」
笑いながらも、莉緒の瞳は真っ直ぐだった。
その奥には、呆れだけじゃなく、確かな“心配”が宿っていた。
「でもさ、やっぱ似合ってないよ。
壇上でカッコつけてるより、隅っこで飽きた顔してる方が、アンタっぽい」
「……」
「でも、それが伊吹陽太なんだから。無理してる顔よりはマシだよ」
さらりと放たれたその言葉に、伊吹は思わず目をそらした。
(……やっぱり、こいつだけは俺の素を知ってる)
二人の足音が、春の夕暮れの道に重なる。
住宅街の花壇にはチューリップが咲き、遠くからは子どもの笑い声が響いていた。
――どこにでもある帰り道。
けれど伊吹にとっては、「完璧超人」という仮面を外せる、わずかな時間だった。
「……で、これからどうすんの?」
「何が」
「テニス部。どうせ入るんでしょ?」
「……別に」
「はい、またそれ」
莉緒は呆れたように笑いながらも、視線を逸らさずに歩いていた。
幼なじみだからこそ踏み込める距離感。
そして伊吹にとって、それが何よりも居心地の良い瞬間だった。




