幼馴染
静寂を破る拍手が体育館に広がる。
壇上を降りる伊吹陽太の背中に、数え切れないほどの視線が突き刺さっていた。
「完璧だ」「頼もしい」――そんな評価が、もう確立しつつある。
教師たちは安堵の笑みを浮かべ、生徒たちは憧れの眼差しを注ぐ。
ほんの数分のスピーチで、伊吹陽太は「双峰の顔」として刷り込まれてしまった。
――ただ一人を除いて。
女子生徒の列の中に、ひときわ目を引く姿があった。
セミロングの髪は明るめのブラウン。肩にかかる毛先をゆるく巻き、春の光を受けてふわりと揺れる。
シャツのボタンは一つ外し、袖口は軽く折り返している。足元はルーズ寄りの靴下にローファー。きちんとしているのにどこかラフで、制服の着崩し方に“計算された余裕”があった。
派手すぎず、でも目を奪う。ギャルっぽさと清潔感を同時に漂わせる独特のバランス。
三谷莉緒。
幼なじみだからこそ知っている。
壇上で堂々とスピーチをこなす“完璧超人”を、彼女は冷めた瞳で見つめていた。
周囲の生徒たちが「すごい」「やっぱ頭いい子は違う」と囁く中で、莉緒の心だけはどこか別の方向を向いている。
伊吹陽太は、人前で堂々と立つよりも、むしろ隅のベンチで息を抜きながら、つまらなそうに空を見ている方が似合う人間だ――それを知っているのは、幼なじみの自分くらいのものだろう。
(……またカッコつけてるし。アンタ、ほんとはそういうタイプじゃないでしょ)
壇上を降りた陽太の背中を目で追いながら、莉緒は内心で小さくため息をついた。
あの姿を見た誰もが「完璧」と思うだろう。けれど彼が完璧であればあるほど、背中に積もるものも重くなることを、莉緒だけはよく知っている。
中学の頃――試合に出るのを避けるみたいにベンチで黙っていた伊吹の横顔。
勝っても負けても心底嬉しそうじゃなかった、その不器用な態度。
あの頃から、彼が「期待」とか「責任」という言葉を心のどこかで怖がっていることに、莉緒は気づいていた。
(アンタが無理してんの、うちには丸わかりだからね)
そう思うと、自然に唇の端が上がった。
それは称賛ではなく、呆れと、少しの心配を含んだ笑み。
周囲が「優等生の伊吹」を見ている中で、莉緒だけは「素の伊吹」を思い浮かべていた。
(ま、でも……そうやって頑張っちゃうとこが、アンタなんだよね)
彼女の視線は、ただ一人、伊吹陽太を映し続けていた。




