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《Match Point Me》/マッチポイント・ミー  作者: 世志軒


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葛藤⑨

四月末。

 体育館には全校生徒が集まっていた。

 天井の照明が白く光り、並んだパイプ椅子がぎっしりと埋まっている。


 「これから、生徒会執行部選挙の立会演説会を始めます」

 進行役の先生の声が響くと、ざわめきがすっと引いていった。


 壇上には候補者たちが横一列に並んで座っている。

 伊吹陽太もその中にいた。

 視線を前に向けてはいるものの、心臓の鼓動は止まらない。


 (……やっぱり人前に立つのは苦手じゃない。でも、みんなの期待を浴びるのは……怖い)


 順番が回ってくるまでの間、他の候補者の演説が続いた。

 二年の先輩は「進学実績をさらに伸ばすため、勉強のサポートを充実させたい」。

 三年の候補は「文化祭をより安全に、充実した行事に」。

 どれも立派だが、模範的で、少し堅い。


 そして――莉緒の番がやってきた。


 壇上に立つと、彼女は迷いなくマイクを握った。

 「こんにちは! 一年の三谷莉緒です!」


 その明るい声が体育館いっぱいに広がる。

 会場の空気が、一気に軽くなった。


 「うちは、もっと“楽しい学校”にしたいと思ってます。勉強も部活も大事だけど、どうせなら行事も全力で盛り上げたいじゃん? 体育祭も文化祭も、みんなでわちゃわちゃやるから思い出になるんだと思うんです」


 笑いを誘うような言葉に、あちこちで小さな笑い声が漏れた。

 「具体的には、文化祭で一年ももっと目立てる企画をやりたい! ダンスとか、クラス対抗イベントとか。そういうのがあったら絶対楽しいじゃん?」


 明るく、テンポのいい言葉。

 決して完璧な論理ではない。けれど、彼女の声には人を巻き込む力があった。


(……すげぇな)

 伊吹は横で聞きながら、素直にそう思った。

 ――軽やかで、自分らしくて、真っ直ぐ。まるで彼女自身をそのまま映したような演説だった。


 やがて拍手が広がり、莉緒は堂々と壇上を降りた。

 次は――伊吹の番だった。


 「では、一年の伊吹陽太くん」


 名前が呼ばれた瞬間、体育館の空気がわずかに揺れた。

 「新入生代表だ」「あのスピーチの子か」――囁きが広がる。

 伊吹は静かに立ち上がり、壇上の中央へと進んだ。


 (……俺は、どう見られてる? “完璧超人”だって? 本当はそんな人間じゃないのに)


 マイクの前に立つ。

 無数の視線が突き刺さる。

 入学式と同じように体育館の空気が張り詰めた。だが今日は、息を整えても不安は消えない。


 伊吹は深呼吸をし、口を開いた。

 「一年の、伊吹陽太です」


 よく通る声。

 会場は一斉に静まり返る。


 「……入学式で代表あいさつをしたときから、僕はいろんな言葉をもらいました。“完璧だ”“頼もしい”。でも、正直に言います。僕自身はそう思ったことはありません」


 ざわめきが走る。

 伊吹は少し間を置き、言葉を続けた。


 「僕は、完璧じゃありません。むしろ迷ってばかりで、自分に自信もない。でも――だからこそ、生徒会でやりたいことがあります」


 壇上の上で、自然と背筋が伸びていく。

 「僕は“誰でも挑戦できる空気”をつくりたい。双峰は『自由と責任』を掲げる学校です。その自由を、みんなが楽しめるようにしたい。行事も部活も、やってみたいと思った人が安心して挑戦できる環境を、生徒会で支えていきたい」


 言葉が自分の中から自然に湧き出てくるのを感じた。

 「体育祭や文化祭では、どうしても目立つ人とそうでない人に分かれます。でも、裏方も含めて全員が役割を持てるように工夫すれば、もっと“参加してよかった”と思える行事になるはずです」


 (……俺は、ただ“勝て”とか“結果を出せ”とか、そういう空気に押し潰されたくなかった。けど、同じ思いをしてる人は、きっと他にもいるはずだ)


 心の中でそうつぶやきながら、言葉を結んだ。

 「まだ僕は迷っています。けれど、この生徒会で――その答えを探したいと思います。どうか、一緒に歩ませてください」


 一礼。

 体育館は一瞬、静寂に包まれた。

 次いで、大きな拍手が響き渡る。


 伊吹は壇上を降りながら、自分の胸の奥に不思議な感覚を覚えていた。

 ――“完璧超人”じゃなく、迷いながらも自分の言葉を伝えた。

 そのことが、小さな誇りとなって胸の中に灯っていた。

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