葛藤⑥
莉緒と別れた帰り道、伊吹の胸にはまだ熱が残っていた。
公園の街灯の下で走り続けた感覚。汗で張りついたTシャツ。
あの時間をどう説明すればいいのか、自分でもよくわからなかった。
(……やりたくないって言いながら、結局走ってる。バカみたいだ)
ため息をつきながら、家のドアを開ける。
両親はすでに寝室に入っているらしく、リビングは真っ暗だ。
階段を上がり、自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
天井をぼんやりと見上げる。
窓の外からは、遠くで走る車の音と虫の声がかすかに聞こえていた。
(俺は……何をしてるんだろうな)
テニス。
ラディアンスで過ごした日々。
強豪ひしめく練習コートで、控えとしてボールを拾い続けた時間。
――勝てなかった。
――居場所なんてなかった。
だから、高校では自由に過ごすつもりだったはずだ。
勉強も、友達も、遊びも。テニスなんて二度と背負わない、と。
けれど、現実は違った。
結局ラケットを握り、サーブを打ち、フォアを振り抜いた。
篠原コーチに「全国を目指せる」と言われ、部員たちの目が変わった。
(俺は、また同じことを繰り返すのか……?)
喉の奥に鉛のようなものがつかえて、呼吸が重くなる。
そんなとき、ふと脳裏に浮かんだのは、生徒会室で見た先輩たちの姿だった。
真剣な顔で資料を配る会長の佐伯。
声を張って場を明るくする村瀬。
電卓を叩いて「無駄遣い反対」と笑いを取る田島。
そこには、勝ち負けも、数字で測れる成績もなかった。
ただ、それぞれが役割を果たし、学校を動かしていた。
(……あそこなら、違うのかもしれない)
思わずつぶやきそうになって、伊吹は唇を噛んだ。
自分でも何を求めているのかわからない。
けれど、少なくともテニス部で浴びせられる「勝て」「全国だ」という声よりは、穏やかに思えた。
生徒会なら、誰かに勝てなくても、責められることはない。
記録に名前を残す必要もない。
ただ自分として存在できる。
(立候補……か)
心の中で、その言葉が浮かぶ。
軽いようで、ずしりとした響きがあった。
もちろん、本気で決めたわけじゃない。
ただ、今の自分を変えたいという衝動に、ほんの少し触れただけだ。
(俺は、何をしたいんだろうな)
ベッドの上で腕を額にのせ、目を閉じる。
答えは出ない。
だけど、さっき莉緒に言われた言葉が耳に残っていた。
――「やりたくないって言っても、本当は一番やりたいんでしょ」
その矛盾を抱えたまま、伊吹は眠れぬ夜を過ごしていた。




