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《Match Point Me》/マッチポイント・ミー  作者: 世志軒


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葛藤⑤

夜の公園。

 街灯の下で、砂地を蹴る音が乾いたリズムを刻んでいた。


 伊吹陽太は額の汗を手の甲で拭い、膝に手をついた。

 息は荒く、喉は焼けるように渇いている。

 それでも止まれず、再び砂地を蹴ろうと腰を落とした――そのとき。


 「……アンタ、何やってんの?」


 声が飛んできた。

 息を呑んで振り返ると、そこに立っていたのは三谷莉緒だった。


 春の夜風に、明るめのブラウンの髪がふわりと揺れる。

 制服の上に薄手のパーカーを羽織り、片手にはコンビニの袋。

 どうやら夜食を買いに出た帰りらしかった。


 「……お前、なんでここに」

 息を切らしながら問い返すと、莉緒は袋を軽く振ってみせた。


 「家の近くのコンビニでアイス買っただけ。……で?」

 視線が伊吹に戻る。

 街灯に照らされた砂地。そこには伊吹の足跡が幾筋も刻まれている。


 莉緒は眉をひそめた。

 「アンタさ、さっきまで部活やってたでしょ。……なのに、なんで夜にこんなとこで全力ダッシュしてんの?」


 「……別に」

 伊吹は短く答え、視線を逸らす。


 「別に、じゃないでしょ」

 莉緒は一歩近づき、じっと伊吹を見つめた。

 その瞳には茶化す色も、驚きもなく、ただ真剣さだけが宿っている。


 (……やっぱり、こいつにはごまかせないか)

 伊吹は胸の奥で小さく苦笑した。


 莉緒は腕を組み、ため息をついた。

 「アンタさ、こういうときだけは“完璧超人”じゃなくなるよね。必死っていうか、もがいてるっていうか」


 「……やめろ」

 低く遮る声。だが、莉緒は引かない。


 「やめろって言われてもさ。見ちゃったんだから。……てか、アンタほんとわかりやすいよ」


 伊吹は返す言葉を探した。

 けれど喉が詰まり、息苦しいだけだった。


 ――篠原コーチの「全国を目指せる」という言葉。

 ――莉緒の「もっと楽しくやっていいじゃん」という声。


 二つの声が胸でぶつかり合い、答えを出せずにいる。


 莉緒は袋をベンチに置き、伊吹の隣に腰を下ろした。

 「アンタ、怖いんでしょ」


 「……何が」


 「勝てって言われるの。期待されるの。ラディアンスん時もそうだったんじゃないの?」


 心臓が跳ねた。

 図星すぎて、言葉が出ない。


 莉緒は視線を夜空に向けた。

 「アンタさ、別に勝たなくてもいいんだよ。楽しむために部活やっても。……でもね、結局こうやって夜に走ってんのが答えじゃん」


 「……答え?」


 「うん。だって、本当にやりたくなきゃ、絶対やんないでしょ」


 伊吹は言葉を失った。

 否定しようとしたが、口が動かない。

 確かに――逃げたいはずなのに、体は勝手に動いていた。


 莉緒は小さく笑った。

 「アンタってさ、不器用なんだよ。『やりたくない』って言いながら、本当は一番やりたいんでしょ」


 その言葉に、胸がじわりと熱を帯びた。

 笑い飛ばせばいいのに、できなかった。

 図星を突かれて、心の奥に隠していた感情を無理やり引っ張り出されたような気分だった。


 「……お前、ほんと嫌な奴だな」

 かすれた声でようやくそれだけを吐き出す。


 莉緒は肩をすくめて、コンビニ袋からアイスを取り出した。

 「はい、一本やる。……夜に走るとかバカなことするなら、糖分くらい取っときな」


 差し出されたアイスを受け取り、伊吹は黙って包装を剥がした。

 冷たい甘さが舌に広がり、荒れた呼吸がようやく落ち着いていく。


 ふと横を見ると、莉緒はどこか安心したように微笑んでいた。

 「……アンタが伊吹でいられるなら、うち、それでいいんだけどね」


 その一言が、夜風よりも強く胸に染みた。

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