新入生代表の言葉
壇上に立った瞬間、体育館の空気がぴたりと止まった。
小さなざわめきや椅子のきしむ音すら、どこか遠くへ追いやられるように消えていく。
――静寂。
それは、彼の放つ“場を切り替える力”によるものだった。
新入生も在校生も教師も、無意識のうちに耳を澄まし、目を向ける。
「新入生代表、伊吹陽太です」
低めでよく通る声。抑揚は自然で、言葉ははっきりしている。
読み上げているだけのはずなのに、不思議と“自分の言葉”のように聞こえた。
「本日はこのような晴れやかな入学式において、代表としてご挨拶させていただくことを、大変光栄に思います」
模範的で、欠点のない第一声。
その場の緊張を和らげながらも、彼の存在感をさらに際立たせる。
会場のあちこちで、声を潜めたざわめきが広がった。
「……あれが代表の子?」
「でかっ。百八十センチどころじゃないよね」
「顔つきも大人っぽい……モデルみたいじゃん」
「入試1位で通過したらしいよ」
「マジ? 超頭いいじゃん……」
「しかも、近くの進学校で有名な○○高校受けた人も落ちたのに、あの子は余裕で受かったんだって」
「推薦組とは別格だよな。正真正銘のトップ合格者ってやつ」
抑えきれない囁きが波のように膨らんでいく。
教師たちの表情には安堵と満足の色が浮かび、同級生たちの瞳には早くも憧れや羨望の輝きが宿り始めていた。
――けれど、当の本人はそんな空気を真正面から浴びながらも、心の奥で静かに吐き捨てていた。
(……勉強でちょっと頑張っただけなのに。
別に“トップ”だの“特別”だの、そんな風に見られたいわけじゃないのに)
それでも表情は崩れない。冷静で、感情を抑え込んだまま。
拍手やざわめきに包まれながらも、彼の心臓の奥だけは、別のリズムを刻み続けていた。
(……俺は、こんな“立派さ”を求めてここに来たんじゃない。
もう、誰かに見られて期待されるのは嫌だと思ってたのに)
声には微塵も漏らさず、表情も変えない。
それでも心臓の奥では、静かに小さな叫びが響いていた。
(なのに……結局こうやって、また前に立たされるのか)
「これから始まる高校生活は、私たちにとって新たな出発点です。
勉強に、部活動に、学校行事に――それぞれの場面で成長できるよう、努力していきたいと思います」
模範的で、非の打ち所がない言葉。
それを聞いた生徒たちは思わず息を呑み、教師たちは「今年の代表は安心だ」と互いに目を交わす。
(……とりあえず、“第一関門”は突破。だな)
言葉を締め、一礼する。
静寂を破るように、拍手が体育館に広がった。
壇上を降りる背中に、数え切れないほどの視線が突き刺さる。
「完璧だ」「頼もしい」という評価が、もう確立しつつあった。
――しかし。
その背中を押すような称賛の声を浴びながらも、伊吹陽太の表情は変わらない。冷静で、感情を押し殺したまま。
(……別に、期待されたいわけじゃないのに)
その胸の奥のつぶやきだけが、彼自身にだけ届いていた。
――そして。
このわずか数分のスピーチこそが、彼を「完璧超人」として印象づけ、後に背負うことになる重圧の始まりだった。
その事実を、伊吹陽太はまだ知らなかった。




