テニス部、本入部、熱血コーチ気合入る⑤
その日のトレーニングメニューは、篠原コーチの「基礎! 基礎!」「全国を目指すにはこれが必要なんだ!」の一点張りで、終始ずっとトレーニングが続いた。
外周三周に始まり、二十メートルダッシュ、サイドステップ、ラダー、四隅ダッシュ……。ラケットを振る機会など、ほとんどなかった。
部室に戻った部員たちは、次々とベンチに腰を落とし込む。汗で濡れたシャツが肌に張り付き、タオルで拭っても追いつかない。
特に三年生たちの表情は険しかった。
「……ふざけんなよ、今日の練習」
真っ先に声を上げたのは三年のレギュラー格だった。
「外周で足ガクガクになったあとにダッシュ十本? その上サイドステップ五セット? 死ぬわ!」
「だよな。オレも途中で脚つりそうだった」
「ていうかさ、これってほんとにテニスに必要なのか?」
愚痴が次々と飛び出す。
ロッカーの扉を乱暴に閉める音が響き、苛立ちが部屋を満たしていった。
「全国目指すって……マジで言ってんのか? ウチみたいな公立が?」
「ハハッ、夢見すぎだろ。俺らは楽しくやれればよかったんだよ」
「最後の夏ぐらい、もう少しのびのびやらせろっての」
机に突っ伏していた別の三年が、うめくように言葉を吐いた。
「正直、今日だけでやる気半分削がれたわ……。受験勉強もあるのに、毎日こんなんやらされたら、身体も頭も持たねぇよ」
その言葉に、数人が深くうなずく。
「だな。部活でクタクタになって、勉強なんてできるわけねぇ」
「親だって心配するだろ、絶対」
その一方で、一年や二年の一部は黙って着替えをしていた。疲労は同じはずなのに、彼らの表情にはどこか諦めではなく、挑戦への興奮が残っていたからだ。
その温度差が、なおさら三年生の苛立ちを煽っていた。
「……なぁ」
長椅子に座っていたキャプテンの三年生が、タオルで首筋を拭いながら口を開いた。
「正直に言うと、俺もキツすぎると思う」
部室の空気が一気に集まる。
「キャプテンもそう思うよな!?」
「だよな、なぁ」
キャプテンはしばし黙り、深いため息をついた。
「俺たち三年にとっては、最後の夏だ。勝ちたい気持ちがゼロなわけじゃない。でもな――あんな練習、毎日やってたら潰れるだけだ」
静かながら、重い言葉。三年生たちは一斉にうなずいた。
「そうそう!」「無理だって絶対!」
キャプテンはタオルをベンチに投げ、立ち上がった。
「……わかった。俺、顧問の中村先生に伝えてくるわ」
「え、先生に?」
「そうだ。コーチが暴走してるってな。今日のメニューを毎日やるなんて、現実的じゃない。俺ら三年は受験もあるんだし、これ以上付き合ってられねぇ」
その宣言に、部室がざわめいた。
「おお……それいいな!」「キャプテンが言えば先生も動くだろ!」
三年たちの顔に安堵と期待が浮かぶ。
だが、その空気を少し離れた場所から眺めていた伊吹の胸は、ひどくざらついていた。
(……結局、また俺のせいか)
篠原が「全国」という言葉を口にしたのは、自分のプレーを見たからだ。
それが三年の反発を生み、キャプテンを顧問に走らせようとしている。
(俺はただ、静かにテニスをやりたかっただけなのに)
誰にも聞かれない心の声が、伊吹の内側で重く響いていた。




