生徒会執行部という上に立つ人は、それ相応の人がやりそうだよね②
「じゃ、次は俺か」
眼鏡を押し上げて立ち上がったのは、少し細身の二年男子だった。黒縁フレームが光を反射し、几帳面そうな印象をさらに強めている。シャツの袖口はきっちりボタンで留められ、机の横に置かれた鞄の中身もきちんと整理されているのが覗けた。
「会計の田島光です。お金の管理を任されてます」
声はやや高めだが、よく通る。話しながら胸ポケットを探り、すっと取り出したのは小さな電卓だった。
「去年の文化祭は黒字にしました。電卓は常に友達です」
カチカチ、と小気味よい音が室内に響く。誰もが一瞬きょとんとしたあと、じわじわと笑いが広がった。
「ちなみに、“体育祭で風船五百個”とか言い出したやつは、俺が止めました。無駄遣い反対!」
得意げに電卓を掲げるその姿は真面目すぎて、逆に愛嬌がある。
「電卓芸かよ……」と誰かが小さく突っ込む。笑いが弾け、空気がまた柔らかくなる。
莉緒も吹き出して肩を震わせ、伊吹もつい口元を緩めた。
(数字のことを語るときだけ、やけに誇らしげだな……。でもこういう人がいないと、行事は成り立たないのかもしれない)
最後に、二人の女子が立ち上がった。
まず口を開いたのは、黒髪をきっちり後ろで結んだ三年生。姿勢は直線のように正しく、制服の襟元も少しの乱れもない。背筋を伸ばしたまま、視線を真っ直ぐ新入生に向けた。
「書記の山根真理です。議事録や文書作成を担当してきました。……ですが、私も今月で任期が終了します」
声は落ち着いているが、きっぱりとした響きがある。
「正確に残すことが仕事なので、曖昧な言葉は苦手です。しかし――新しい世代には、ぜひ気軽に発言してもらいたいと思っています」
硬い口調の中に、わずかな温かさが混じっていた。
莉緒はその姿に思わず背筋を伸ばし、(先生より先生っぽい……)と心の中でつぶやく。
伊吹は、「記録」という言葉に少しだけ胸がざわめいた。
(……俺が何を言っても、ここでは残るんだな。逃げ場がない、ってことかもしれない。でも、それをちゃんと守ってくれる人がいるっていうのは……不思議と安心もする)
続いて立ち上がったのは、二年生の女子だった。淡い茶色の髪を肩でまとめ、柔らかな笑みを浮かべている。立ち姿には堅苦しさはなく、ふわりとした雰囲気を漂わせているが、その眼差しには確かな芯があった。
「書記の白石葵です。山根先輩の後を継ぐ形になります。私自身はおっとりしてる性格ですけど……文字に関しては几帳面です」
柔らかい声で続ける。
「新入生の皆さんも、何か発言すれば必ず記録に残るので、後から“そんなこと言ったっけ”って顔しないように」
にこやかに笑いながら放たれた言葉に、室内がまた笑いに包まれる。
伊吹は思わず「優しいけど怖いな」と心の中で苦笑した。
莉緒は「こういう先輩、頼りになるなぁ」と目を輝かせていた。
こうして七人全員の自己紹介が終わると、部屋全体が一層和やかになった。
先ほどまで少し緊張していた空気は、いつの間にか温かい居場所のように変わっている。机の上には山積みの資料があるのに、誰も苦しそうには見えない。それぞれが自分の役割を楽しみながら果たしている――そんな印象を伊吹は受けた。
莉緒は隣で小声を漏らした。
「ね、すごくない? 三年が抜けるってことは、うちらが入ったらすぐ一緒にやれるってことでしょ」
「……お前、もう入る気なのかよ」
「だって、ここなら楽しそうじゃん。それに――」
言いかけて、莉緒は机の上に置かれた資料に視線を落とした。大きな文字で「文化祭運営」と書かれている。カラフルな付箋が貼られ、細かい日程や役割分担がびっしり記されていた。
「うち、将来のこと考えてるし。こういう経験、絶対進学に役立つんだって」
声は明るいが、瞳の奥は真剣そのものだった。軽口に見せかけて、本音はもっと深い。伊吹にはそれが分かった。
(……ほんと、こういうときのこいつは強いよな)
一方の伊吹は、机の上の分厚い資料に目を落とした。そこには「学校説明会」「体育祭」「文化祭」「球技大会」と並び、ぎっしりと作業が詰め込まれている。
(……勝てとか、結果を出せとか、そういう空気じゃない。ここは――逃げ場になるかもしれない)
自分でも驚くほど素直に、そんな考えが浮かんだ。