生徒会執行部へ
生徒会室の扉の前で、伊吹陽太は足を止めた。
隣で腕を組んでいる三谷莉緒は、いたずらっぽく笑う。
「ほら、ノックして。代表挨拶やったアンタのほうが筋通るでしょ」
「……俺だって別に来たかったわけじゃないんだけどな」
小声でぼやきながらも、結局は拳で扉を軽く叩いた。
「どうぞー」
中から声が響く。伊吹が扉を開けると、そこには予想外に賑やかな光景が広がっていた。
机がいくつも並び、上にはプリントや資料が山のように積まれている。壁際のホワイトボードには「学校説明会」「体育祭」「文化祭」「球技大会」といった予定がびっしりと書き込まれていた。
数人の上級生が椅子に座り、資料を仕分けたりパソコンを打ったりしている。
「お、君たち新入生? どうぞ入って」
穏やかな笑顔を浮かべた三年生らしき男子が手を挙げた。
莉緒が先に一歩踏み出し、軽く頭を下げる。
「お邪魔しまーす。ちょっと興味あって、見学だけでもいいですか?」
「もちろん。歓迎するよ」
その言葉に続いて伊吹も一歩入る。するとすぐに、別の女子先輩が顔を上げた。
「あれ、新入生代表くんじゃない? 昨日のスピーチ、堂々としててすごかったね」
「あ……どうも」
褒められても素直に喜べず、伊吹は曖昧に頭を下げる。
「代表、やっぱ来たか。先生たちが“向いてるかも”って言ってたよ」
「やっぱりな」
そんな言葉があちこちから飛んでくる。
(……また、期待か)
胸の奥が少し重くなる。けれど、昨日のテニス部で浴びた熱気とは違い、この部屋には落ち着いた空気があった。
声をかけてくる先輩たちも、興奮して押し付けてくるのではなく、自然体で笑っている。
机の端では、二年生が段ボールを開け、パンフレットを仕分けていた。
「説明会用の資料、あと200部作らなきゃ……」
ぼやきながらも手は止まらない。
別の先輩は文化祭のスケジュールをまとめ、誰かは球技大会のルール表を作っている。
(……忙しいのに、誰も嫌そうじゃない)
体育館で大声が飛び交う部活の風景とは違う。
ここでは、一人ひとりが自分の役割を淡々とこなし、それが自然と全体を動かしていた。
莉緒がこっそり囁く。
「ね、なんか良くない? ちゃんとしてるけど、自由っぽいっていうか」
「……まぁ、確かに」
伊吹は心の中で認めざるを得なかった。
テニス部で背負わされた「希望」という言葉が鎖に思えたのに対し、この部屋の空気は妙に軽い。
(ここなら……肩の力を抜けるかもしれない)
先輩が椅子を勧めてきた。
「せっかくだから座って。自己紹介でもしていかない?」
莉緒が先に手を挙げる。
「三谷莉緒です! まだ入るって決めたわけじゃないんですけど、ちょっと興味あって……」
「元気いいね。歓迎するよ」
笑いが起きる。
続いて伊吹の番になった。
「……伊吹陽太です」
短く名を告げると、また先輩たちが「おー」と声を上げた。
「やっぱり! スピーチすごかったもんな」
「生徒会にぴったりじゃないか」
やはり評価の言葉が返ってきた。
けれどテニス部で感じた重さとは違う。
この場所の期待は、どこか柔らかい。押し付けるものではなく「一緒にやろうよ」と差し伸べられる手のように思えた。
(……悪くないかもしれない)
気づけば、伊吹はほんの少しだけ肩の力を抜いていた。