幼馴染のことはなんだかんだ、わかる
翌日の放課後。
春の陽射しが傾き始めた校舎の廊下を、伊吹陽太はゆっくりと歩いていた。
昨日の体験入部の熱気が、まだ頭の片隅に残っている。
――サーブも、フォアも、偶然決まっただけ。
けれど周囲は「本物」だと持ち上げた。篠原コーチの眼差しも、重く胸に突き刺さっている。
(……また期待されるのか。もう逃げたいのに)
重い足取りで下駄箱へ向かおうとしたときだった。
「よーた!」
ぱっと横から顔をのぞかせたのは、明るい茶色のセミロングを揺らす少女――三谷莉緒だった。
「……なんだよ」
気だるげに返すと、莉緒はにやっと笑った。
「ねぇ、一緒に生徒会行こうよ」
「は?」
伊吹は足を止めた。
「なんで俺が」
「だってアンタ、昨日代表挨拶してたじゃん? 先生たち、絶対声かけてくるよ。どうせなら先に顔出しといた方が楽でしょ」
「……いや、俺別にやる気ないし」
莉緒は肩をすくめた。
「うちだって別に“やる気満々”ってわけじゃないし。でもさ、双峰の生徒会って、自分たちで学校説明会とか文化祭とか運営するんでしょ? 調べたら結構ちゃんとしてて、進学にも有利になるって聞いた」
真剣とも軽口ともつかない調子で言う。
「そういうの、ちょっと興味あるんだよね。でも……一人で行くのはダルいじゃん? だからアンタも一緒に来なよ」
「俺を誘う理由が“寂しいから”って……」
呆れたように返すと、莉緒は悪びれもなく笑った。
「そうそう。小学生のときだって、初めての委員決めとか、一緒に立候補してくれたじゃん。あれと同じ」
懐かしい記憶が脳裏をよぎる。
小学生の頃、学級委員をやるのが面倒で、けれど一人で残されるのが嫌だと泣きそうになった莉緒。
「俺もやるよ」と隣に立ったあの日。
(……こいつ、そういうとこ変わってねぇな)
伊吹はため息を吐いた。
「……わかった。一回だけな」
「よっしゃー! 助かるー!」
莉緒は勢いよく手を叩き、隣に並んで歩き出す。
「ま、生徒会室ってどんな感じか見とくだけでもいいじゃん。入るかどうかはあとで決めりゃいいんだし」
「……その“あとで”が一番面倒なんだよ」
ぼやく伊吹に、莉緒はケラケラと笑う。
廊下を進む二人の影が、夕陽に長く伸びていた。
伊吹の胸の奥にはまだ昨日の重圧が残っていたが、莉緒の軽いノリがそれを少しだけ和らげていた。
(……まぁ、たまにはこういうのも悪くないかもしれない)
心の中でそう呟きながら、伊吹は生徒会室の扉の前に立った。