熱血コーチだって色々と考えます
その夜。
校舎の明かりがすべて落ち、街も静まりかえる頃。
篠原大地は一人、パソコンの前に座っていた。
昼間に見た新入生――伊吹陽太。
あのサーブ、あのフォア。
偶然だとは思えない完成度だった。スピード、タイミング、打点の高さ……どれをとっても「ただ者ではない」と確信させるものがあった。
「……よし、調べてみるか」
篠原は、県大会や全国大会の記録データベースを開く。
中学時代の戦績を探るためだ。ラディアンスに通っていたなら、必ず何らかの公式記録が残っているはず――そう思った。
検索窓に「伊吹陽太」の名を打ち込み、Enterキーを叩く。
――しかし。
「……出てこない?」
県大会のベスト16、ベスト32、団体戦メンバー……どの欄にも名前はない。
予選の敗退者リストにすら載っていない。
「おかしいな……」
眉をひそめ、再び条件を変えて検索する。
全国大会のエントリー記録も確認した。だが――どこにも伊吹陽太の名前はなかった。
「ラディアンス所属なら、普通は県代表ぐらいは……」
彼の記憶にあるラディアンスの選手たちは、皆、県大会の常連であり、全国にも名を残す者ばかりだった。だが、伊吹は――記録に存在すらしていない。
篠原は椅子に深くもたれ、息を吐いた。
昼間の打球の衝撃が、脳裏によみがえる。
(あのサーブも、あのフォアも……記録ゼロの人間が打つものじゃない)
まるで、才能と実績が乖離している。
全国区の技術を持ちながら、勝ち上がった形跡が一切ない。
「……一体、どういうことだ?」
画面に浮かぶ「該当なし」の文字が、余計に謎を深めていく。
篠原はしばらく黙り込み、やがて笑みをこぼした。
「なるほどな……お前、ずっと“壁役”だったんだな」
ラディアンスのような名門スクールでは、才能があっても埋もれることがある。
全国クラスの選手たちの練習相手に回され、ひたすら打ち込まれる側に徹する――そんな存在だ。
実績には残らない。だが、そこで培った技術だけは確かに身につく。
篠原は拳を握った。
「いいじゃねぇか……。実績がない? 上等だ!」
彼の声には、熱が戻っていた。
「だからこそ、俺が引き出してやる。お前の本当の力を。勝てなかったなら、勝たせてやればいい。双峰で、俺と一緒に!」
篠原の瞳は、昼間よりもさらに燃えていた。
まるで自分自身の青春をもう一度取り戻すかのように。
「伊吹……お前は、俺が必ず“全国”に連れていく」
夜の静寂の中、その言葉だけが熱を帯びて響いた。
キーボードの光に照らされた画面には「記録なし」とだけ表示されている。
しかし篠原の心には、確かな未来図が浮かび上がっていた。