偶然が重なるとそれが必然に見える
「せっかくだし、一球見せてみろよ」
コート脇でラケットを肩にかけていた三年の先輩が、笑い混じりに言った。
その一言に、周囲の空気がさらに沸き立つ。
「おお、見てぇ! ラディアンス仕込みのサーブだろ!」
「どれくらい速いんだろ……全国レベルなんじゃね?」
視線が一斉に集まり、期待と好奇が渦を巻く。
伊吹は手にしたラケットを見下ろし、喉の奥が重くなるのを感じた。
(……やっぱり、こうなるのか)
本当なら、軽く汗を流して「雰囲気を味わった」で終わるはずだった。
それなのに――結局、また「力を見せろ」と求められる。
「頼むよ。一発でいいから」
「俺らも参考にしたいし!」
半ば押し切られるようにして、伊吹はサービスラインへと足を進めた。
コートの真ん中。
靴底が砂を踏みしめる感触が、やけに鮮明に響いた。
(……速いサーブなら、打てる。だけど――)
頭に浮かぶのは中学時代の記憶だ。
ラディアンスのコートで、何度も何度も繰り返したサーブ練習。
速さだけは誰にも負けなかった。けれど――入らなかった。
「ファーストは捨てて、セカンドで確実に」
コーチの冷たい声。
「速いだけじゃ意味がない。試合じゃ使えない」
肩をすくめる先輩たちの視線。
結局、伊吹のサーブは“怖いけど当たらない花火”扱いだった。
だからこそ、ここで打つのは嫌だった。
(どうせ外す。笑われる。俺はそういう立場だ)
それでも、視線は容赦なく突き刺さる。
ラケットを握る手に汗がにじみ、グリップが滑りそうになる。
「……一球だけ、っすよ」
小さくそう告げ、ボールを構えた。
トスを上げる。
青空に弧を描く黄色の軌跡が、スローモーションのように見えた。
(頼む……適当に外れてくれ。俺に期待なんかするな)
振り抜く。
――乾いた音が、空気を裂いた。
ボールはネットすれすれに突き刺さり、一直線にサービスコート内、ラインギリギリ。
鋭いスピードと伸び。受け止めた先輩のラケットが弾かれ、ボールはフェンスにぶつかって跳ね返った。
「っ……は、速ぇ……!」
「マジかよ……今の200出てんじゃね!?」
「すげぇ、テレビで見るプロのサーブみたいだったぞ!」
驚愕と歓声が一斉に爆発する。
伊吹は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
――入ってしまった。
普段なら外れる確率の方が高いファーストが、よりによってここで。
(なんで……今に限って)
胸の奥が冷たく締めつけられる。
成功のはずなのに、喜びはない。むしろ、また一つ「逃げ場」が消えた感覚だけが残った。
「やっぱラディアンスは違ぇな!」
「今年のエース決まりだろ!」
口々に飛び交う声が、勝手に彼を押し上げていく。
伊吹は視線を逸らし、唇を噛んだ。
(……俺はもう、“勝たなきゃいけないテニス”なんてやりたくないんだ)
それでもラケットを持つ手は、まだ微かに震えていた。