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先輩たちからも嫌な期待をされてしまう

部室を出ると、春の柔らかな陽射しが校舎裏のテニスコートを照らしていた。

 砂入り人工芝のグリーンが風にきらめき、すでに練習を始めている先輩たちの声が響いてくる。ラケットの弦がボールを弾く乾いた音が、一定のリズムで空気を切っていた。


 「よし、行くか!」

 快が勢いよく扉を開け、まるで自分の庭のようにコートへ駆けていく。大谷は腕を組み、落ち着いた歩幅でその後に続き、桐原は胸のノートを軽く押さえながら黙々と歩く。

 その中で伊吹は、どこか足取りが重かった。


 (……なんか、嫌な予感がする)


 ユニフォームの布地がやけに目立つ。黒地に金のラインは、太陽光を受けるとさらに鮮やかさを増していた。


 コート脇に立っていた上級生の数人が、すぐにそれに気づいた。

 一人が驚いた声を上げる。


 「……おい、あれ見ろよ」

 「え、嘘だろ……? ラディアンスじゃねぇか」


 練習の手を止め、ちらちらと視線がこちらに集まる。ラケットを握ったまま足を止める者、口をぽかんと開ける者。

 やがて一人の二年生が、信じられないといった様子で声を張った。


 「おい新入生! その練習着……本物か!?」


 快がすぐさま答えるより先に、桐原が冷静に補足した。

 「間違いない。ラディアンス・テニス・スクールのユニフォームです」


 その一言で、空気が一段とざわめいた。


 「マジかよ……ラディアンスだってよ」

 「全国区のスクールだろ? プロも何人も出てる……」

 「なんでこんな公立に……?」


 先輩たちのざわめきは、驚愕から興奮へと移り変わっていく。

 伊吹は視線を浴びながら、ただ肩をすくめるしかなかった。


 (……やっぱり、こうなるのか)


 彼にとっては苦い記憶でしかないユニフォームが、周囲にとっては「憧れ」の象徴。

 凡庸だった自分の過去と、彼らが信じて疑わない「輝かしい看板」との落差に、胃の奥がきゅっと締めつけられる。


 「おい……本当にラディアンス出身なのか?」

 先輩の一人が直接問いかけてくる。


 伊吹はわずかに口を開いたが、答えが喉に詰まった。

 ――否定しても無駄だ。

 胸元に縫われた「RADIANCE」の刺繍が、何より雄弁に語ってしまっている。


 「……ああ、一応」

 絞り出すように答えた声は、自分でも驚くほど乾いていた。


 次の瞬間、先輩たちの表情が一斉に輝いた。

 「マジか! すげぇな!」

 「こんなやつが来るなんて、今年の双峰は当たりだぞ!」


 歓声めいた声が飛び交い、周囲の空気が熱を帯びていく。

 その中心で、伊吹はただ黙り込み、視線を落とした。


 (……俺は、別に“期待”なんてされたくなかったのに)


 握りしめたラケットのグリップが、汗でじっとりと湿っていた。

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