プロローグ
神奈川県横浜市の住宅街に佇む、市立・双峰高校。
県内では“公立の中では進学校”として知られ、毎年、国公立や難関私大への進学実績も安定している。
生徒たちは総じて真面目だが、校則はそこまで厳しくなく、「自由と責任」を掲げる校風のもと、生徒会や部活動も活発に運営されている。
敷地内には、少し年季の入った本館と、近年建て替えられた新校舎が並び立っている。
校舎の裏にはテニスコートが5面、野球専用グラウンドもあり、他の部活動が活動するグラウンド、私 立顔負けのトレーニングルーム、食堂、外周の1周が1.5km にもなる双峰高校は文武両道の名に相応しいほど、部活動の熱量も感じさせる。
放課後のテニスコートには、真剣さと和気あいあいの中間のような雰囲気が漂っており、勝ち負けに縛られすぎない“心地よさ”がある。
テニス部は、これまで強豪とは言えなかった。
だが数年前、たまたま入学してきた1人の実力者をきっかけに流れが変わり始めた。
その先輩は今や「双峰の英雄」として語られている存在で、県ベスト16入りを果たした年のレギュラーだった。
それ以来、部員たちの意識も少しずつ変わり、
「ただ楽しくやる」から、「勝ちも意識してみる」チームへと、じわじわと移行していった。
──ただし、双峰高校は“勝ちたい奴ばかり”が集まる場所ではない。
この学校の良さは、“自分のペースで頑張れる自由さ”にある。
勉強も、部活も、生徒会も、行事も。全力を出したいところに、全力を出せばいい。
伊吹陽太がこの学校を選んだのは、まさにその空気感に惹かれたからだった。
(俺はここで、これまでにテニスとは違う、楽しいテニスをするんだ。ここなら楽しいテニスができるはず。)
そんな彼の高校生活が今、始まろうとしている。