ネット恋愛
彼との出会いはネットだった。何の気なしに入会したソーシャルネットで、彼とフレンドというのになったのがきっかけ。
彼のニックネームは、シンちゃんといった。そのサイトは会員制で、入会しないとブログも読めないし、コメントもできない。
サイトに入会して、いろんな人とフレンドになると、自分のトップページにフレンドリストが表示され、そのフレンド達が書いたブログを逃さず読めるようになっている。
なので私は、必然と、シンちゃんのブログを読んでコメントしたり、またシンちゃんも、私のブログにコメントしたりと、親交を深めていった。
だが、いくら親しくなっても、所詮はネットの世界。よほど近所にでも住んでない限り、会うこともないだろうし、パソコンの画面に無機質に並ぶ文字配列に、感情的になることもなく、ネットのバーチャルな世界が、リアルに繋がるなんて思いもしなかった。
でもある日、シンちゃんからサイト経由でメールが来たことから事態は一変する。
「今度そちらに出張があるので、よかったら会えませんか?」
少し戸惑った私。シンちゃんのブログは好きだったし、人柄も良さそうだったので好感は持っていた。
しかし、実際に会うとなると話は別。シンちゃんが私のことを、どんな風に思ってそう言ったのかもわからなかったし、もし女として見られたら、私はどう接すればよいのだろうか。
私はバツイチで、小学生の娘がいる。まだ恋はしたいと思っているが、ネットでの出会いというのに抵抗がないかといえば嘘になる。でも、ネット繋がりとはいえ、シンちゃんも人間には違いない。
そう考えると、私の中で「彼に会ってみたい」という好奇心が生まれてきた。
きっと、シンちゃんはいい人だ。もしかしたら、恋に発展して再婚なんてこともあるかもしれない。私はそう思い、シンちゃんに会うことにした。
バツイチ子持ちの女が、男性からモーションをかけられるなんて、滅多にない話。再婚という発想は、ちょっと飛躍しすぎたかもしれないが、久しぶりに女として見られたことに対し、私の胸は高鳴っていた。
そして、迎えた当日──。
待ち合わせ場所は、都市圏の主要駅。予定していた時刻通り、私の前に姿を現したシンちゃんは、想像以上にいい人で、顔は普通だったけど、はにかんだ笑顔が妙に愛らしかった。私達は、駅の構内にある喫茶店でお茶をしながら、しだいに打ち解けていった。
それからだ。私達の恋愛が始まったのは。
シンちゃんの住む街と私の住む街とは、車で二時間くらい離れた距離にあり、遠距離まではない。中距離恋愛といったところだろう。
シンちゃんは、仕事が休みの日には毎回会いに来てくれて、うちの娘とも仲良しになってくれた。
これは、本当に再婚できるかもしれない。なんて思っていたが、シンちゃんにはちょっとした問題があった。
実はシンちゃん、ネット依存症なのである。
会っていても、ケータイでブログのチェックは当たり前。話す内容も、いかに自分がブログにこだわっているかということを延々と熱く語り続けるだけで、それ以外のことには興味を示さなかった。
そのブログの内容も、私とのデートのことや「ネットで出会った彼女が大好きです」的な内容を書きつづった、いわゆる惚気ブログというやつで、その行為は、嬉しい面もあったが、少々いき過ぎた部分も目に余っていた。
たしかに、シンちゃんと知り合ったのはネットがきっかけだったが、私はシンちゃんにはネットを止めてもらいたいと、しだいに思うようになっていた。
私はシンちゃんに、その旨をお願いした。だが、私の思いに反するように、シンちゃんの行動はどんどんエスカレートするばかり。ついには、私とのツーショット写メまで公開する始末。
たまり兼ねた私は、シンちゃんにこう言った。
「私とネット、どっちが大事なの」と。
すると、その言葉が効いたのか、さすがのシンちゃんも、サイトを退会する決意をしてくれた。もちろん、私も一緒に退会する約束をした。
私は、仲良くしてくれたネット友達に一通り挨拶を済ませ、すべてのフレンドリストとブログを削除し、シンちゃんに、「一足先に退会したからね」とメールで報告。
五分くらいして、シンちゃんからの返信があり、「俺も退会したから」とのこと。
そのメールを確認すると、私はサイトにアクセスし、シンちゃんのページへ飛んだ。私だと容易に悟られないよう、プロフィールはあらかじめ変更してある。
やはり、私の読み通り、シンちゃんは退会してなかった。ブログには、私に対する愚痴や不満が、つらつらと書かれ、見るに耐えないものだった。
シンちゃん、私まだ退会してないんだよ。
でも、私はシンちゃんと別れようとは思わなかった。退会すると言った以上、シンちゃんも私の前でネットに関する話もしないだろう。
私は今日も、サイトにアクセス。シンちゃんのページへ飛び、ブログを読む。相変わらず、私への愚痴や不満が書かれているのをを読み、フムフムとうなずく。でも、私は何とも思わない。
だって私は、無機質な文字配列に感情的になんかならないのだから。
そして、シンちゃんは、リアルではとてもいい人。
(了)