ある門番と女性冒険者
「すみません、あの、まだ入れますか?」
門を閉めようとしていた所に、小走りで駆けて来る一人の若い女性の姿が目に入った。
野暮ったい外套を羽織り、小さな荷物を背負っている。田舎から出てきたばかりと言う印象だ。
「ええ、大丈夫ですよ。」
「良かった……」
ほっと胸をなでおろした様子。
警戒するような雰囲気も無く、まっすぐな目をしていた。
「町に入るには、仮身分証を発行します。銀貨二枚かかりますが、それでよろしいですか?
町にお知り合いや親せき等がいれば、その方に身分証明をしてもらって銀貨1枚にできますが」
「いえ、知り合いはいなくて…」
「では、こちらの書類に名前と年齢を記入してください。
字が書けなければ代筆もしますけど、どうされますか?」
「書けますので大丈夫です。」
平民では字が書けない者も多い。
書けると言うだけで、ある程度の教育を受けてきたことがうかがえる。
(さて、”視る”か…)
門番は心の中で小さく唱える。
《人徳鑑定》
冒険者時代から助けられてきた自分のスキルだ。
このスキルがあったから門番と言う職にもつけた。
視界の端に《善》と言う文字が浮かぶ。
(”善”か。見た目通り、だな)
殺気も嘘の気配もない。
ただ一人で町にやってきた若い女性。なにか事情があるのかもしれないが、害意も無い。スキルでも善人だと出た。
町に入るのに何の問題も無い。
「書けましたか?はい、確認しました。
ようこそ”サイーショ”の町へ。これが仮身分証です。
宿に泊まるのにも必要なので無くさない様にしてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます!」
「もうすぐ暗くなるのでお気をつけて。
宿が決まってないなら、中央通りの『月の雫亭』がおすすめですよ」
「はい!助かります!」
女性は深く頭を下げて、町の中へと歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの女性が、この町に来てからもうすぐ1年になる。
初めて会った時、妹にどこか似ていると思った。
……それに……
気さくなのにどこか品の有る雰囲気は、セルリー様を思い出させた。
「じゃあ、今日も気を付けて。無理はするなよ。」
「はい!ありがとうございます、門番さん!」
俺の声にいつもと同じ元気に答える。
なのだが……
女性は三か月ほど前、あの自称勇者のパーティに加わったと聞いた。
何度も勧誘をされており、とうとう加入したらしい。
「ソロだと受けられる依頼が限定されてしまうし、パーティも経験してみようと思って。」
話を聞いた当初、俺は思わず声を荒げた。
「アイツを信用できると思っているのか?!
あんなの、ただの目立ちたがりのろくでなしだぞ!」
俺が冒険者をしていた時の元仲間、魔術師のカインがちょうどこの町に来ていた。
魔法学校の教師になるという話を俺に報告しに来てくれた時だった。
俺はカインに、この町にいる間だけで良いので、彼女を気にかけてやってほしいと話をし、
カインも請け負ってくれた。
皆、心配していた。
俺も仲間も、同僚も。
そんある日、町の中が妙にざわついていた。
「おい、聞いたか?」
「ダンジョンで女冒険者がやられたらしい。
魔物に食われたって……」
「最近、自称勇者パーティに入った女らしいぞ」
俺は急いで門を離れ、冒険者ギルドへ駆け込んだ。
だが、ギルドの職員は渋い顔をしながら首を振った。
「詳細はまだわかっていません。戻ってきた自称勇者たちが、
”ダンジョン魔物に襲われ、女とはぐれた”
と報告してきただけです。
ですが、一人でダンジョンの奥で無事とは考えられませんので……」
「……あいつらの言う事を、信じるのか……?」
「証拠がありませんので…」
「俺はあいつらを、あの自称勇者を知ってんだよ!あの目、あの態度、何人もの若い冒険者があいつらに騙されてきたんだ!」
俺の人徳鑑定ではあいつらは《悪》だ!
見つかってない犯罪行為も多いはずだ!
体が震える。何もできなかった自分。
男爵様が失脚してセルりー様が身分を奪われた時も、今回も……。
何もできなかった、いや、何もしなかった自分への怒りで心が押しつぶされそうになる。
(本当に、魔物にやられたのか…?それともあいつらにやられたのか…?)
胸の奥に疑念が渦巻いていく。
仮に真相が明らかになったとしても、もう彼女の声を聞く事は無いのかもしれない……。