遭遇
遠く、どこか遠くから見下ろしている。
風もなく、音もない空間に、自分が浮かんでいるようだった。
真下には、見覚えのある神社――あの女と出会った場所。
あの瞬間のざわめきと緊張がまるで昨日のことかのように再生されていく。
これは夢?
夢の中なのに記憶ではなく、再現のようにリアルに感じる。
「好都合だわ」
その言葉が発せられた瞬間、
地面がほんわりと光ったと同時に、まるで切り込みを入れたような、すきまが出来て私が落ちていく。
下にいる自分が何か言おうとしたけど、声は届かず、身体ごと裂け目へと吸い込まれていった。
そして裂け目は消え、再び神社は何事もなかったかのように静寂へと包まれた。
ーが、
誰かと話している?
彼女は何かに向かって話かけている。
だが、視界がかすみ、相手の姿は見えない。
夢が終わろうとしてるのか、
ここからだと会話の内容も聞き取れない。
動きたいのにうまく体が動かせない。
まぁ夢ってそんなもんだしね、
ていうか好都合ってなによ!
こっちの都合はよろしくないのよ!
お使いの途中だったのに、
あんまり遅いと、あの連中はすぐできあがってしまうから、
あぁいや、もう遅いか、
ていうか、暑いなぁ、日焼け止め塗ってないのに、
こんなに晴れるなら日傘もってくるべき…
青空?
瞬間、飛び起きてあたりを見渡す。
私は森の中で倒れていた。
「……ここ…どこ?」
思わずつぶやいた声が、自分の耳にも遠く感じられた。
陽が昇るまで気を失っていた?
でもおかしい、最後の記憶では私は神社にいたはず、
そうだ!あの女だ。
意識を失う前に見た外国のヒト
記憶をたどろうとするも、頭の奥がざわついて思考がまるでまとまらない。
(……誘…拐…?)
気づけば呼吸が浅くなっていた。
地についた手に柔らかく湿った苔がへばりつく。
周囲はどこまでも森でヒトの気配は感じられない。
状況が呑み込めず、思考が空回りしそうになるのを必死に抑え込んだ。
「落ち着け……まずは、落ち着け…」
言い聞かせるようにつぶやく。
目を閉じ、
深呼吸、、
かすかに水の流れる音が聞こえた。
パニックは敵だ。今は動くしかない。
震える膝小僧に力をいれ、
音の方向へと足を進めると、小さく流れは緩やかではあるが川を発見した。
これがどこかへ続いているなら、その先に町があるはず。
不安は消えない。それでも、、
見知らぬ森の奥、心細さは抱えながら、わずかな希望を頼りにーー静かに歩き始めた。
川沿いの道なき道を、黙々と歩いてどれくらい経っただろうか。
相変わらず太陽は私をあざ笑うかのように日差しを照り付けてくる。
どれくらい時間が経ったんだろう、
太陽をにらみつけてやるが、分かるわけがない。
(授業ちゃんと受けとくんだった…)
時間の感覚も曖昧になってきた、その時だった。
先の茂みの方で、何かがごそりと動いた。
聞いたことがある。
川には野生動物も集まる。
遭遇するのが鹿とかなら可愛いものだろう、
ーーしかしそれが、熊とかなら、
身体に一気に緊張が走る。大型動物の気配はしない。
「あ、あのー……すみませーん」
声をかけたが返事はない。
ただ、茂みがかさりと揺れーーそして、そこからひょいと姿を現したのは
小柄な少女だった。
青い髪に、青い服、そして胸元には…鍵のペンダント?
大きなカバンを背負っている。
獣でなく、安心したはずなのに、身体の緊張は解けない。
ヒト……のようでいて、どこか雰囲気が違う。
「……人間?、なんでこんなとこ、いるのさ」
目が合った瞬間、唐突な問いかけに言葉が詰まる。
「え?あ、いや、私はその……気が付いたら森の中にいて……」
少女は一歩、二歩と近づいてくる。その足取りは軽く、森に慣れきっている様子だった。
背中のカバンから、なにか金属がぶつかるような音がしてくる。
「ふーん……そっか。じゃ、珍しい人間だね。あたし、にとり。人呼んで谷カッパのにとり!」
「……かっぱ…?」
「まあ、言いたいことは分かるさ」
かっぱ?なにかの専門用語だろうか?
警戒すべきなのかどうか、判断がつかない。
けれど、少なくとも敵意はなさそうだった。
何より、この状況で、話の通じそうな相手が現れたことに、少しだけ安堵した。
「ところで、あんたの名前は?」
「…わたしはーー」
自分の名前を名乗ろうとした瞬間、遠くの空が、わずかに雷のように鳴った。
彼女の表情が一瞬だけ険しくなる。
「…あんまりのんびりしている場合じゃないかもね、こっち来な。まずは安全なとこに案内するよ」
そう言って、彼女はくるりと背を向け、森の奥へと歩き出した。
私は一歩踏み出しかけて、ふとその背に問いかける。
「あの!…ここは一体どこなんですか?」
足を止めた彼女ーーにとりは、肩越しにちらりとこちらを振り返る。
「珍しい人間よ。河童と人間は古来からの盟友だから教えてやる」
「あたしたちみたいな外に馴染めなかった連中が暮らしている場所」
「幻想郷さ」