表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂時計の花  作者: CaERu
1/2

予感

揺れる車内の中で、私はふてくされていた。

窓から見えていた灰色の景色は、緑と青色しかない景色へと変わっていく。


報せが届いたのは夏本番になる前、

田舎に住む祖父が体調を崩して倒れたのだという。

今はもう安定してきたとのことだが齢も齢だけに次いつ体調を崩すかは分からない、

そんな訳で私が夏休むに入るタイミングで会いに行こうという話になったのだ。

だがそれは私にとって、都合の良いタイミングであるとは言えなかった。

せっかくの休み、友達と買い物や遊びに行きたかったし

仲のいいメンバーで東京ディズニーランドの予定も立てていた。

別に祖父母が嫌いなわけではないが学生の私にとって

遊びの予定というのは何よりも優先される事柄であり重要なものであった。


車の中は窓を開けていても熱がこもり、蒸し暑くて仕方がない

拭いても拭いても汗がふき出てくる

背中の汗で服が湿って肌に張り付いてくるこの嫌悪感と、

長時間同じ体勢でいることは、耐えられるものではなかった。


「ねえ、まだー? 暑くて汗止まらんし、車揺れて気分悪いし、もう最悪やわ」


助手席であれやこれやと道案内している母に半ば八つ当たりのような態度を取る

汗で若干湿った前髪をいじりながら、どうしようもない現状に不満を漏らす。

そんな私をあざ笑うかのようなセミの大合唱が鼓膜にまとわりついてくる。


「そんなイライラせんの、もうすぐつくから大人しくしとき

 あんたもう高校生やろ?」


母が言ってきたことにも私は軽く「フン」と鼻を鳴らしてまた車の外を見ていた。

相変わらず景色は変わらない、

これからの長い退屈な日々を想像して

私は深くため息をつき目を瞑った。


——————————————————————

ようやく到着した時にはすでに夕方に差し掛かっていた。

軽く寝ていたのもあってか、荷下ろしから親戚の人たちへの挨拶までをスムーズに行い

気づけばあっという間に夜ご飯の時間となっていた。

今年はそれなりの人数が帰ってきていたので

小さな居間にぎゅうぎゅう詰めに入っていた。

お皿の用意やら盛り付けやらで右往左往し

完全に憔悴しきってしまった私に、


「そうだ、たぶん冷蔵庫に入ってるビールだけじゃあ足りないと思うから

 ちょっと買ってきてくれない?」


と野菜を切りながら母が言ってきた。

私の体を気遣ってのことなのか、はたまた単純に戦力外通告なのか

どちらにせよ、この場を離れたかった私は二つ返事で引き受けた。

玄関に脱ぎ散らかされた男共の靴の上を踏みながら玄関の扉を開けようとすると、


「あれぇどっかいくんのやたら酒かってきてくれや」


とほぼ出来上がっているお茶の間の連中共に見つかってしまった。

もとよりそのつもりであったし、たばこ買いに行けなどという

余計に手間のかかるような注文ではなかったので

私は無言で親指を立てて玄関を出た。


田舎にもいい所はある。

星空を眺めてきれいだと感じるろまんちすとみたいな感性は

残念ながら母の身体の中に忘れてきてしまったのだが、

カエルの声や風の音、人間の存在が消えて

この自然のほんの一部にいま、寄り添えているような感覚が好きだ。

こういう時は頭もよく回るようになる、

さっきの連中、すでに相当酔っていたし、

お高い日本酒を見つけてきました!とか言って米のとぎ汁でも飲ましてやろうかな

どうせ味もよく分からなくなっているだろうし

「どれ、、これが高級日本酒の味かあ、舌に触れた瞬間にぃ、、、」

なんて評論でもし始めたら、、なんてその様を想像しただけで笑えてくる。

我ながらナイスな思い付きに浮足立ちながら商店へと向かった。


——と、私は足を止めた。

人?何かの気配を感じた。

それは祖父が、先祖代々受け継いできた神社の方からであった。

しかし、こんな時間に参拝客などいるはずがない。

昼間でさえ参拝客など、ほぼ皆無であるというのに、

であれば、考えられるのは賽銭泥棒か?

恐怖心と好奇心を天秤にかけて、好奇心に傾いてしまった私は、

物音を立てないようになるべく静かに境内へと向かった。


神社の周りは鬱蒼とした木と草に囲まれており、

まるで外界と遮断させられた空間であることを強調しているかのような立地である。

しかし、私にとっては小さいころに何度も遊んだ場所であり、大体の位置ぐらいは検討がつく。

幸運なことに、今日は満月で、目も暗闇に慣れきっている。

それでも、なぜだろう

さっきから心臓の音がいやに耳に響く。

緊張? 緊張はしている、

参拝客であれ、賽銭泥棒であれ、

こんな時間に神社にいるやつなんて、ろくでもないに決まっている。

ろくでもないやつ…

…そもそもヒトなのか?

一段と大きくなった気がしたカエルの声が鼓膜にへばりつく。

気づけば鼻で息をするのを忘れ、自然とこぶしを握り締めていた。

いつでも走って逃げれるように、身体を外へとむけながら、


しかし、境内には誰もいなかった。

月明りに社が照らされているが、扉も閉まっているし、

誰かが忍び込んでいる気配もない。

私の勘違いか? いや勘違いでよかった

逆になにかがいたらいたで、絶対に面倒なことになっていた。

面倒ごとは嫌いだ

なにもなくてよかった

体の力が抜けて,

——!?

瞬間、衝撃が身体を走った。

月明りに照らされて社の影が伸びている。

その社の屋根から一本の影が、

いや、間違いなく人影だ!

影の先端から舐めるようにその影の主へと視線を送っていく

が、屋根の上にはだれもいなかった

いない!?

でもたしかに影がのびて…

—!?

瞬間、再び衝撃が身体を走った。

背筋を撫でる冷気のような気配で、

そして、()()はそこにいた

そこにいたのは――誰よりも華やかで、誰よりも得体の知れない女だった。

まるで子供のころに読んだ童話の中のお姫様のような

西洋? 外国のヒトか?

おっきな帽子に、それに…


「あなたは、こちら側のヒトなのね」


その声が耳に触れた瞬間、心臓がひとつ跳ねた。

脳が危険信号を発し、喉がカラカラに乾く。

全身の筋肉が収縮し、まるで兵隊のように姿勢が固まった。

笑っているのか、見透かしているのかもわからないその目に捕らえられ、

逃げるという発想すら霞んでいく。

声を出すこともできない。

ただ、見られているという感覚だけが、肌を突き刺すように染み込んでくる。


「ちょうど、好都合だわ」


女が微笑みながらそう告げた瞬間、空気が変わった。

音が遠のき、風も止む、ただ彼女の声だけが、真空のような世界に響いていた。

――待って、どういう意味?

そう言いかけたその瞬間だった。

喉に引っかかった言葉が、声になる前に消えた。

視界の端が、ぐにゃりと歪む。

足元がきしむような違和感

まるで大地そのものが、現実から剥がれ落ちていくような感覚。


「っ……!?」


次の瞬間、景色が崩れた。

空は割れ、地面が反転し、重力すら裏返る。

自分という存在が、紙のように薄く引き裂かれ、どこか遠くへと吸い込まれていく。

彼女の瞳だけが、

いや、瞳たちが、

崩壊する世界の中心で、微笑んでいたように見えた。

遠のく意識の中で彼女の呟く声が聞こえた、


「ようこそ、境界の向こう側へ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ