ベランダの皮肉屋ミニトマトくん
好きです、って伝えられたんだ。
それで私も好きですって言ってもらえた。
これ以上の幸せってないんじゃないかって、そう思ったんだ。本当に。
植物園デートで告白したのはゴールデンウィークのこと。付き合えた嬉しさをなにか形にしたくて、帰りに彼女の提案でミニトマトの苗を買ったんだ。
夏休み頃に収穫できるはずだからこれで夏野菜カレーを作ろうって、笑顔で話してさ。
敢えて恥ずかしい表現をするのなら二人の愛の象徴とでも言うべきものになったんだ。
今でもそれは変わらない。
「皮肉だけどね」
大学二年目の夏休み。少し広く感じる一人暮らしの部屋からベランダに出ると、初心者にも育てやすいらしいミニトマトが迎えてくれる。
元気に日光浴してるけど未だに実りの一つもない。
なんでだろって思う。
「花は咲いてたのになぁ」
スマホを操作しつつ考えてみる。
肥料を多くやり害虫対策も万全にしてきたはずなんだけど。
「これか。過繁茂?」
答えはすぐに見つかった。
葉や枝が茂り過ぎている状態で、そっちに栄養を取られて花の育ちが未熟になることみたい。
過去と照らし合わせると問題点は二つ、肥料の与え過ぎと脇芽の処理だ。
ああ、なるほど。
「勉強になるよミニトマトくん」
もっと早くに気付くべきだった。
大事にしてたつもりなんて言い訳はきっと通用しない。
だって心当たりが有り過ぎる。
「要は構い過ぎと不満の芽を摘まなかったことだろ?」
酷い答え合わせもあったもんだ。
以前よく泊まりに来ていた彼女とは、喧嘩してしまった二週間前から連絡を取っていない。落ち着いてから話そうって僕から強引に会話を打ち切ってしまったんだ。
で、それっきり。
翌朝目が覚めると彼女の私物が部屋から消えていた。
もちろん、彼女の姿も。
話し合うべきだったよな、なんて今更。
もうなんとなく諦めがついてしまった。
「話せないかな? と」
メッセージアプリを開いて送信。自分勝手だって分かってるけどもう一度だけ会いたい。
会って、ちゃんと終わりにしたい。
遠くに見える飛行機雲が、僕の日常に区切りをつけていく。
そもそも返信どころか既読が────
『おそあ』
手元で震動。ひらがな三文字。
慌てて返信したんだなって分かる打ち間違いに目が釘付けになった。
「ふはっ、ほんと遅いよな」
口角が上がる。こんなのずるい。諦めた気持ちなんて一瞬で嘘になる。
なんだよ、勝手に諦めてたのは僕の方か。
随分待たせたことも含めて、まずは謝るところから始めよう。