須々木優大50.約束だよ?
光が散ったその瞬間、姿を現したのは敦子だった。
辺りを見回していたが僕と目が合った瞬間、敦子は大きく目を見開いたかと思うと、すぐに顔をぐしゃぐしゃして、勢いよく僕に抱きついてきた。
「優大だ!! 優大、優大!!」
出てくる涙や鼻水などお構いなしに敦子は僕の名前を繰り返し口にすると、僕の胸に顔をうずめてきた。
こんな絶望的な状況だというのに、口元が緩んでしまった僕にとって、雨海敦子という存在の大きさを再認識するには十分すぎるほどだった。
……そうだ。母さんの能力で敦子は今後もこの世界で生きる事ができる。つまり、母さんが死なない限り敦子だって死にはしないのだ。けじめをつけるのは、僕一人で十分だ。なんとかここから……。
「……ごめん。こんな事してる場合じゃないね」
敦子は先程と一変して落ち着いた声でそう言うと、僕を解放してリリラガンを見据えた。
僕もリリラガンの方を見ると、空中で胡坐をかいている姿と目が合った。右肩に刺さっていた槍は、いつの間にか無くなっており、その傷口からは鮮血が滴っている。
「終わったか?」
リリラガンは大きな欠伸を一つかました後、退屈そうにそう言った。
そう言えば、進が話をしている時も、母さんと僕が会話をしている時もリリラガンは僕たちの方に攻撃してこないどころか、干渉すらしようとしていなかった。
どういうことだ?
……今は考えたって仕方がない。好機である事に変わりはないのだから。
「もう少し待ってくれ」
僕がそう告げると、返事の代わりかリリラガンは再び大きな欠伸をかますと、空中で横になった。
少しの間様子を見ていたが、リリラガンが動き出す雰囲気は感じられない。
僕は敦子の方に向き直ると、口を開いた。
「母さんの能力で敦子はここにいる。母さんは話す時間を作ってくれたんだ」
「……そういう事だったんだね」
物悲しそうな表情を浮かべた敦子は、視線を落として一つ小さな深呼吸をした後、僕をまっすぐに見つめてきた。
見つめ合う時間が数秒続いた後、僕は再び口を開いた。
「電車に轢かれて死んだ後、コンビニに行こうとしていた敦子と再会した時、僕のためにあんなに泣いてくれるとは思わなかった。あんなに心配してくれるとは思っていなかった。敦子には申し訳ないけれど、内心では凄く嬉しかった。
変わらなきゃいけない。そう思って僕が一方的に距離を置いた時、敦子は今まで通りの僕と一緒にいたいと言ってくれた。本当は僕だって一緒にいたかった。だけど何が正解なのかわからず、四苦八苦していた僕にとって、その言葉はどうしようもなく嬉しかった。
時限爆弾を何か月もかけて準備して、研究施設を爆発させる事で僕を研究から解放しようとしてくれた。リスクしかない行動をとってまで僕の事を考えてくれていたという事実が堪らなく嬉しかった。話せばきりがないんだ。敦子だけじゃない。僕だって敦子からたくさんもらったんだよ」
「……発端はすべて私。だから私がいなければ、そんな困難に直面する事もなかった。つまりね、私と出会わなければ優大はもっと幸せになれていたんだよ」
「敦子と出会わなければ、僕は今頃人間として死んでいた。生きる意味を無くし、ただ研究の材料となる傀儡になり果てていた。敦子に会えたから、僕は幸せになれたんだ」
「……迷惑ばかりかけたよ」
「皿をたくさん割ったし、何度も包丁で手を切った。僕も敦子に迷惑をかけっぱなしだったよ」
「失敗してばかりだった」
「アイロンで服を焦がしたり、ゴミ出しをやり忘れたり。失敗の数だったら、僕の方がはるかに上だ」
「どれもこれも、比較になんてならないよ」
「何度負の感情に苛まれても、敦子は必ず僕の目の前に現れてくれた。そして、笑顔に変えてくれた。今だってそうだ。敦子が目の前に現れなければ、死ぬ事以外は考えられなかったと思う。
他の誰でもない、僕は敦子じゃなきゃ嫌なんだよ。だからさ、敦子。自殺を止めてくれてありがとう。たくさん、それはもうたくさんの楽しい、幸せな日々をありがとう。僕の事、たくさん考えてくれてありがとう。行動に移してくれてありがとう。そして何より、僕と出会ってくれてありがとう」
敦子は僕が言い切る前から数えきれないほどの滴を頬に伝わせていたが、言い切った頃には顔をぐちゃぐちゃにしていた。何か伝えようとしてくれているのか、口をパクパクさせているが、嗚咽のせいか上手く言葉にはできていなかった。
「恩を仇で返しちゃってとか、自分の事ばっかりとか言って謝ってくれたけど、その思いは受け取れないよ。さっきも言ったように僕は敦子から数多くをもらったんだから。誰が何と言おうと、たとえ敦子がそれを否定しようとも、その事実は変わらないんだから」
そう言って頭を撫でると、敦子は声にならない言葉たちを噛み締めるように勢いよく口を閉じて僕を一点に見つめた。
「……違う。私を責めてよ。お前のせいだって罵倒してよ。そうじゃないと私、この期に及んでまだ優大と一緒にいたい、生きていたいなんて思ってしまう。一緒に過ごした日々を思い出して、渇望してしまうよ」
絞り出したように発したその声は、僕の進むべき道を明瞭にしてくれた。
現世の僕であれば、自身の命を燃やす事を前提として迷わず敦子をこの場から逃がす事しか考えなかっただろう。だけど、そうだよね。ここで敦子を逃がす事に成功したとして、そんなの敦子が喜ぶはずがない。覚悟を持って変身してくれた母さんに胸を張れるはずがない。僕が身代わりになんて、こんな自己犠牲は誰一人として望んではいないのだから。
僕が、僕たちが望むのはたった一つの未来なのだから。
「僕だって思いは同じだよ。これからも一緒に、最後の最後の最後まで生きていたい。だから一つ。お願いがあるんだ。どんなに苦しくても、どんな姿になったとしても必ずリリラガンを倒して、僕たちの時間を取り戻して見せる。だから、敦子の能力を——」
「それ以上は言わないで。優大がそれを口にしちゃうと、私の能力がまた使えなくなっちゃうかもしれないから」
「……そう、だったね。ごめん」
敦子が能力を使用すること。それは即ち、死に直結する行為だ。母さんの能力でここにいる敦子が能力を使って死んだとなれば、母さんもただでは済まないだろう。しかし、この状況を打破できる可能性を秘めているのは、この方法以外は考えられない。考えられないのだけれど……。
思わず視線を落とした僕に対して、
「謝らないで。そんな顔もしないの。私の能力は優大のためのものだよ? 使用して死ぬことができるのならば本望だよ。それにね、昏華さんには私の能力を伝えていたの。この状況で私に変身したという事は昏華さんもきっと、私が能力を使う事を望んでいる。そんな気がしてならないんだ」
敦子は僕の頬を両手で包み込み視線を合わせると、柔らかい表情でそう言った。
自ら提案したくせに、能力を使う本人に背中を押されるなんて何をやっているんだ。怖気づいてる暇なんてない。不安にさせていいはずがないだろ。
「うん、ありがとう」
僕は柔な心に何度も鞭を打つと、目線を合わせたままそう口にした。
「じゃぁ、手出して」
言われた通りに僕が右手を差し出すと、敦子は両手で僕の右手を力強く包み込んだ。
「私も一つ、お願いがあるんだ。たとえ優大が優大じゃなくなっても、何年何十年かかろうとも、来世の私たちの人生が始まっていようとも。世界が破れて、すべてが消滅したとしても。私はまた、優大を見つける。だから、優大がこの世界を去ったあかつきには、未来で待ってて」
「うん」
真剣な眼差しでそう口にした敦子に、力強く頷き返答すると、
「約束だよ?」
そう言いながら満面の笑みを浮かべた敦子は、掴んでいた僕の右手を自身に引き寄せ、背伸びをしながら瞳を閉じた次の瞬間、崩れるように地面へと倒れ込んだ。
続き気になる方がいれば更新しようと思います。




