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雨海敦子3.買い物

 それから早くも十日が経過した。毎日キスをしている。契約は変わらず続行している。それなのに、須々木さんに異変は全く見られなかった。今までなら二日くらいでまともに歩けなくなり、五日も経てば寝たきりになる事がほとんどだったのに。


 須々木さんは何食わぬ顔で毎朝起きてはテレビのリモコンに手をかけ、一日中ソファに座りのんびりとしている。たまにぽつぽつと何気ない質問をしてきたが、会話はそれくらいで何の変哲もない日々だった。


 契約期間の最長記録更新となるのだから嬉しいはずなのだが、少し不気味でもあった。私は思い切ってたずねてみる事にした。


「あの、体調に変わりはありませんか?」


「平気。意外とちょろいんだね」


 須々木さんは深々とソファに腰掛け、テレビのリモコンを片手に持ちながら返答した。


「……本当ですか?」


「疑うならここで飛び跳ねてみようか?」


 須々木さんは立ち上がると、その場で飛び跳ねて見せた。


「まだ疑う?」


 そう言いながら、どや顔をしている。


「いえ、すいません」


 まさか須々木さんも王食菌に耐性があるのだろうか。それならば、もしかしたら望みはあるかもしれない。思わず鼓動が早くなる。


「いいんだけどさ、さすがにソファで寝続けるのには限界があるんだよね。体の節々が悲鳴を上げちゃっててさ」


 須々木さんは背中をさすりながら、私に訴えかけてきた。


「前から言っているじゃないですか。布団使ってください!」


「だからって、君と寝るわけにはいかないし、君をソファで寝かせるわけにはいかないから」


「私ならどこででも大丈夫なんですってば!!」


「だから今日は買い物に行かない?」


 私の言葉に耳を貸さず、須々木さんはそう言った。


「……え? 引きこもりのあなたが外へ?」


 思わず本音がこぼれてしまった。


「……おい。失礼だぞ」


「す、すいません。でも、ここ数日テレビを見て一日を過ごしているだけじゃないですか。てっきりそういう方なのかと」


「僕だって外の空気を吸いたくなる時くらいあるよ」


 須々木さんは口を尖らせながらそう言った。


「買い物なら任せてください。洗い物を終えたらすぐに買ってきますね!」


「どうせ買うなら良質なやつがいいな。お金はあいつらが出しているんでしょ?」


「そうですが、贅沢はいけません」


「いいじゃないか。少しくらい。これから毎日使うものなんだから」


「月に支給される額は決まっているんです。食費や光熱費だってあるんですから」


「僕も行く。だったら尚更考えて決めないと」


「……わかりました。じゃぁ準備して待っていてください」


「うん」


 須々木さんは幼い子どものように頷くと、脱衣所へと向かっていった。


 逆算すると、せいぜい使えて一万円くらいだろうか。いや、切り崩せばもう少しいけるかな。


 なんだかこの状況を楽しんでいる自分を客観視して驚きつつも、急ピッチで洗い物を済ませ、寝間着から制服へと着替えを済ませた。


 トイレを終えて玄関の方を見ると、須々木さんが靴を履いてすでにスタンバイしていた。うきうきしている様子が微笑ましいほど伝わってくる。


「早く行こう。黒崎さんが車出してくれるみたい」


 そう言って、須々木さんは勢いよく家から飛び出していった。


 きっと私もこの気持ちは抑えられていないだろう。そんな事を思いつつ、私も勢いよく扉をあけると、車の方へと駆けていった。


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