雨海敦子43.だって
「俺ァお前の事が嫌いなんでさァ!! 今すぐ出て行ってくだせぇよ!! それが嫌ならここで腹切って死んでくだせェ!!」
「だからさぁ! 僕がお前に何したっていうんだよ? 確かに初対面の時は強く当たっちゃったけどさ、それはさっき謝ったじゃんか!!」
「昏華の姉御に近づくなって言ってるんでさァ!! 気安く話かけるのも、目線合わせるのもやめろって言ってるんでィ!!」
「だからなんで母さんに接するのを制限されなきゃなんないんだよ。意味わかんないんだよ!!」
家の中に入って早々、優大と高梨の怒号が耳に飛び込んできた。二人はお互いに胸ぐらを掴みながら睨み合っている。
「熱いねぇー。青春だぁー。あははっ」
優大の隣に座っていた女は、相当酔っているのか体を揺らしながらその光景を楽しんでいる。
「おい昏華!! 酒切れちまった!! 頼む!!」
大男は満面な笑みを浮かべながら、昏巻さんに手を振りながらそう声を上げた。
「もう今日はお開きにしよう! ほらっそこの二人もそれでおしまい!!」
昏華さんは、この場を鎮静させようと手を叩きながらそう言った。
「ですが姉御!! こいつ納得いかねぇんでさァ!!」
「母さん! こいつがさっきからよくわかんない事ばっか言ってくるんだよ!」
「二人とも落ち着いて。喧嘩の続きは素面になってからにしよ?」
「ですが姉御!!」
「ですがじゃありません。終わりったら終わりなの。ほらっ、送ってあげるから」
「……うす」
「舞と瀬戸さんは自分で帰るように」
「りょぉぉおーーかい」
「もう一杯だけ飲んだらな!!」
二人とも帰る素振りなど微塵も見せずに、満面の笑みでそう口にした。
「……まぁ、一旦いいや。とりあえず、あなたは優大をよろしくね」
昏華さんは諦めたようにそう言うと、高梨の手を引きながら家を出ていった。
その後、高梨の文句を呟いている優大を何とか家に連れ帰るとベッドの上へ乗せる事に成功した。今まで何度か酒を飲んで酔っ払った姿を見てきたが、ここまで泥酔しているのは初めて見た。そして、ここまで無防備なのも初めてだ。
私は寝息を立て始めた優大の隣へ横になると、まじまじと寝顔を見つめた。現世の頃とは違い、キスをする口実がなかったから優大を感じる事ができずに欲求不満だった私は、酒の影響もあってか容易に箍を外す事ができた。
気づけば唇を重ねて、優大の身体に足を絡めていた。女性みたいに華奢な身体であるが、ところどころ筋肉が主張してゴツゴツしており、一生触っていたいなんて思う私はきっと変態なのだろう。感情が思わず爆発し、馬乗りになろうとしたその瞬間、
『上手くいかなかった』
優大の言葉が脳内で再生されたかと思うと、途端に体が動かなくなってしまった。
わかってる。わかってるよ。だから今、こうやって欲望をむき出しにしているんじゃないか。お前だってわかってくれるだろ? 邪魔をしないでくれ。
そう訴えかけるが、そんな身勝手な言葉では私の理性を崩す事はできなかった。
……わかってる。わかっているんだ。何も成せなかった私が、こんなことをしていいわけがない事くらい。そもそも、優大が望んでいない事くらい。だって……。
「私のせいだから」
優大は決して口にしないだろうけれど、間違いなく、それだけは揺らがない事実なのだから。一緒に居たいと言ってくれた優大の思いに甘えて、胡坐をかいていた。環境が変わって、再び優大と過ごす事ができたからと浮かれていたんだ。
チャンスはいくらでもあった。時間も十分にあった。覚悟も信念もあった。いくらでも行動に移せたはずなんだ。それなのに、現実世界と何も変わらなかった。変えられなかったのだから。
そんな私だから、この地に足を踏み入れた瞬間、取るべき行動は決まっていた。選択肢なんて本来はなかったんだ。それでも、足掻かずにはいられなかった。どれだけ醜くても、御託を並べて縋っていたかった。この期に及んでまだ、甘えようとしたんだ。
……もう、気が済んだでしょ?
私は静かに優大と距離をとると、乱れた服を直しながら玄関の扉を開けて家を後にした。
第85話をお読みになっていただき、ありがとうございます。実はもう最終話まで執筆し終えている状態なのですが、拙い文章で登場人物の心情や言動が伝わっているのか不安な部分が大きく、投稿するのを躊躇ってしまう日々が続いております。
ですが、投稿していない期間中でもお読みになってくださる方がいらっしゃったり、最近ではブックマークや評価をしてくださった方がいらっしゃったりしたおかげで、めげずに投稿する事ができています。この場をお借りして感謝申し上げます。ちなみに、第1話から最新話までお読みになっている方はいらっしゃるのでしょうか。少しでも続きを楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるのならば幸いです。
評価や感想、いいねやブックマークをしてくださると大変励みになりますので、よろしければどれか一つでもしてくださると幸いです。
引き続き、『死にたい僕と、生きたい私』をよろしくお願いいたします。




