須々木優大40.薄情
先程の敦子の様子は明らかに変だった。おそらく、母さんに僕の事で何か言われたのだろう。ちゃんと話し合わなければならない。僕だけの問題ではないのだから。
「休んでるとこごめん。今後の事についてなんだけどさ」
敦子が寝室に入ってからしばらくして、僕も寝室へと足を踏み入れるとベッド上で蹲っている敦子にそう声をかけた。
「ごめん。もう少し後でもいいかな」
敦子は起き上がると、申し訳なさそうにそう口にした。
「大事なことなのに。先送りにしてごめんね」
「いいんだよ。大事だからこそ、慎重に決めないとね」
「ありがとう」
そう言って口角を上げる敦子であったが、元気がないのは明らかだった。しかし、表情から察するに何かを悟られまいと必死になっているような気がしたから、あえて問い質すような事はしなかった。何もかも知りたいと思うのは、一方的な感情であり、身勝手な要望であると思ったから。
「……失礼しやす」
そんな事を考えていると、リビングの方で進の声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
リビングまで足を進めてそう尋ねると、
「……歓迎会をやるそうでさァ。姉御の家まで来てくだせェ」
進は僕の顔を見ずに小さな声でそう言うと、すぐに家から出ていった。
「なんか嫌われてるっぽいんだよなぁ」
「まぁ、しょうがないね」
敦子は寝室から顔を出すと、呆れるようにそう言った。
「俺なんかしたのかな? やっぱり最初に高圧的な態度とったから?」
「さぁ? どうでしょう?」
「知ってるなら教えてよ。直すからさぁー」
そんな会話をしながら支度を進めて家を出たが、進の姿はもうすでになかった。外は暗くなっていたが街灯が仄かに明かりを灯していたり、家々の窓から明かりが漏れ出していたりと現世での風景と大差がないように感じた。
「これ全部昏華さんの能力で出したものなんでしょ? 凄いねぇ」
敦子は辺りをキョロキョロ見回しながら、関心している。
「そうだね、本当に凄いよ」
僕がそうポツリとつぶやくと
「……出た。卑下男」
敦子が目をジトらせながらそう言った。
「髭男? 僕は髭なんか生やしてないけど?」
口元を触りながら反論するが、
「優大は卑下なんだよ。ひ・げ!!!」
敦子の圧にいとも簡単に押し負けてしまった。
納得できずに首を傾げているうちに、母さんの家の前に到着した。扉をノックしてドアノブに手をかけ扉を開けると、
「ようこそっ!! 歓迎パーティー会場へ!!」
雪村さんの掛け声とともに、握られたクラッカーたちが僕たちに向けられ各々乾いた音とともに紙テープをまき散らした。
「さぁさぁ座ってくれ! 好物なんだろ?」
瀬戸さんが満面の笑みを浮かべながら、僕たちを席へと促している。テーブルの上には、ハンバーグやらオムライスやら、昔僕が好物だと口にしていた食べ物ばかりが並べられていた。言われるがままに着席すると、
「昏華は、まだ他の人の歓迎パーティーに行ってるの。もう少ししたら戻ってくると思うから、冷めないうちに食べちゃお!!」
雪村さんは僕の右隣に座ると、そう声をかけた。
「おい進! なんかよくわからねぇが元気出せよ! 酒でも飲むか?」
「いやでさァ。というか、瀬戸さんは飲まねぇでくだせェよ。介抱がめんどくさいんでさァ」
瀬戸さんに肩を組まれている進は、より一層不機嫌そうな表情を浮かべている。
「お二人はお酒飲む?」
「あっ、私はお茶でお願いします」
雪村さんの問いに対して、敦子は畏まった口調でそう言った。
「お茶ね! ほいよっ!」
「じゃぁ僕も——」
「優大くんは、日本酒だね」
雪村さんは、そう言うと問答無用で『へべれけ極』と書かれた日本酒をグラス一杯にそそぐと、僕の目の前に勢いよく置いた。
「あ、あの……」
「もう注いじゃったからさ、言いたい事があるのなら飲み切ってからにしよっ! じゃぁ、乾杯!!」
雪村さんはそう言い僕の背中を叩くと、グラスを手に持ち勢いよく天へと突き上げた。
「カンパーイ!!!」
瀬戸さんは、それに答えるように酒瓶を天に掲げた。進は、瀬戸さんを見ながら小さくため息をついている。敦子は、そんな状況を明らかな愛想笑いで乗り切ろうとしている。
「か、かんぱい」
そう声に出して、とりあえず日本酒を口に含んでみたが、あまりの度数の高さにすぐさまテーブルの上にグラスを置いてしまった。
そんな中、瀬戸さんはコップに注がずに酒瓶に口をつけた状態で勢いよく持ち上げると、喉をゴキュゴキュ鳴らしながら凄まじい飲みっぷりを披露している。
「いやぁ、ごめんね。他の歓迎会で人員を割いちゃっててさ、ゴリラと鳥しか余りがなかったんだよね」
雪村さんは、各々の小皿にサラダを取り分けながら、申し訳なさそうな素振りを見せずにそう言った。
「いや、その、すいません。歓迎会をしてくれるのはありがたいんですけど、ここに長居する予定はなくて……」
「うん。昏華から聞いた。ちゃんと理由があってここを離れたいという事も聞いた。すべてを知ったうえで、どうにかして引き止めたい。もうこれ以上辛い思いはしてほしくない。そう昏華は言ってた」
「……すいませんが、決断を変える気はありません」
「そんな事はわかってる。実の母親である昏華が止められなかったんだから、他人の私たちがどうこうできる問題じゃないから。でもね、他人だからこそ言える事もある。傷つけてしまう言い方になってしまうと思うから、先に謝るね。ごめんなさい」
雪村さんは淡々とそう口にした後、グラス内の日本酒を一気に飲み干して見せた。
「この世界に来て、知り合った人間たちが殺された。その敵を討ちたい。だから戦闘から退いている人たちが集まっているここを離れる。その行為自体を否定する気はないけどさ、何年。いや、何十年も我が子を思い続けてきた昏華の気持ちをあまりにも軽視しすぎてはいないかな。どれだけ苦しんできたか。わからないなんて言える年頃ではないと思うんだけど。それでもやっぱり敵討ちを選択してしまう君を見ていると薄情だと言わざるを得ないよ」
そう口にしながら僕を見つめる雪村さんは、怒りを隠せてはいなかった。
「薄情。そう思われてしまっても仕方がないと思います。母さんの事を思うのであれば、ここに残り、一緒に生活していく事がベストである事は間違いないのですから。だけど、これ以上後悔はしたくないんです」
「不死身の能力さ、もう使えないって聞いたよ。第二の能力だって、よくわかってないらしいじゃん。お隣さんだって攻撃系の能力じゃない。それなのに、魔罪人一人を相手にしようとしている。あまりに無謀すぎだよ。
実際に戦ってみて、勝てなかったから悔いはないです、死んでしまってもしょうがないですとでも言うつもり? そりゃ当の本人はそうかもしれないけどさ、残される人の気持ちになってみてよ。昏華の気持ちを考えてみてよ。二度も不本意で息子と離れなきゃいけない親の気持ちにもなってみてよ。優大くんの人生は、優大くんだけのものだと思ったら大間違いだからな!」
雪村さんが声を荒げると、辺りは途端に静寂へと切り替わった。
「残された人の気持ちは痛いほどわかっているつもりです。だから、後悔のないようすべての思いを母さんには正直に伝えたんです。理屈じゃない。どれだけ正論を述べられようが、あなたたちの平穏を奪う可能性が、母さんの夢を壊してしまう可能性が一ミリでもあるのなら、僕はここを出ていきます」
「昏華の夢を思うのならば、尚更残れよ。こんな奇跡二度とないよ? 私はただ、昏華に報われてほしいだけなんだよ」
「……すいません」
「私に謝って何になるの? その言葉を口に出すくらいなら行動に移せよ。それにさ、さっきから黙ってるけど、お隣さんはこれでいいの? 死ぬよ? もう次はないよ?」
「……あっ、その……。私は優大の選択に従います。それだけです」
敦子は小さな声で俯きながらそう口にした。
「そこは嘘でもいいから残るって言ってよ」
雪村さんはそう呟くと、へべれけ極を自身のグラスに注いで再度飲み干して見せた。
その後は、誰も口を開こうとはせず沈黙の時間が続いた。気づくと、僕はへべれけ極を四杯も飲んでいた。




