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雨海敦子2.よかった

「……ああいった方法で契約破棄を破棄した事は一度もないんです」


 冷めたホットケーキをむさぼりながら、ぎこちなくこちらに振り向いた須々木さんの顔は明らかに動揺を隠せていなかった。


「えっ、あの、いや、つい勢いでやっちゃったんだけど、大丈夫だよね? さっきので契約破棄にはならないよね?」


「わ、わかりません。黒崎さんに聞いてみない事には……」


「今すぐ黒崎さんに電話しよう。そうしよう!」


 須々木さんは勢いよく立ち上がると、こちらに近づいてきた。


「と、とりあえず落ち着いてください。イレギュラーな事は今まで何度もありましたから。だ、大丈夫ですよきっと! 黒崎さんは家の目の前に停まっている車の中にいるはずです。私聞いてきますね!」


「この家まで僕たちを送った、あの白い服にサングラスをかけた男の事?」


「はい、そうです」


「……僕も一緒に行っていい?」


「もちろんですよ」


 私たちは冷えたホットケーキを放置したまま玄関を出ると、車の方へと向かった。


 運転席の窓をコンコンと叩く。すると窓が開いて、黒崎さんの顔がこちらを覗いた。


「お二人揃ってどのようなご用件でしょうか」


 無表情だが、いつも通り丁寧な口調だ。


「あ、あの、契約を破棄するためのキスをする前に、契約破棄を破棄すると言ってキスをした場合はどのようになりますか?」


 自分でも何を言っているのか途中で分からなくなりつつも、私は質問を投げかけた。


「もう行動には移されたのでしょうか?」


 黒崎さんはいたって冷静だった。こうなる事を想定していたのだろうか。


「……はい。やはり契約破棄になってしまうのでしょうか」


「少々お待ちください。確認いたしますので」


「お、お願いします」


 そう言って私が頭を下げると、須々木さんも何も言わずに頭を下げた。


 黒崎さんは窓を閉めると、誰かと連絡を取り始めた。


「その方法で問題ないようです。よかったですね」


 数分後、再び窓が開くとやはり無表情ながらも、そう言ってくれた。


「やった。よかった」


 私は小さくガッツポーズをしながら喜びをかみしめた。そのまま須々木さんの方を振り向くと、真剣な顔をして黒崎さんの方を見つめていた。


 何か気になる事でもあったのだろうか。


「あの……」


「よかった。偶然ってあるもんだな」


 私が声をかけると、須々木さんはそう言って笑顔を作った。


「黒崎さんと話したい事があるんだ。君は先に戻っていてくれるかな?」


「わかりました」


 さっきの表情が少しひっかかるが、私は言われた通りに家に戻った。


 須々木さんは二十分ほどで戻ってきた。何を話していたのか聞いてはみたものの、それとなく流されて真意を聞く事はできなかった。


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