雨海敦子40.汚れた感情
二人が再会できたのは奇跡に等しい。お互い思いを吐露できて、気持ちを少しでも晴らす事ができたのであれば、それは良い事だと思う。しかし、私の心中は穏やかではなかった。
しばらく抱き合っていた二人だったが、落ち着きを取り戻した後は、昏華さんの引率のもとバリア内を見て回った。中はとても広く、今までとは比べ物にならないくらいたくさんの人間と建物が存在していた。
どうやら昏華さんと高梨進(ここまで私たちを運んだ茶髪の男)が中心となり、敵から身を守るための慈善活動を行っているのだそうだ。よくもまぁ、他人をここまで集めたものだと思わず関心せざるを得なかった。
昏華さんは、とても慕われているようで会う人会う人に声を掛けられていた。命の恩人ともいえる人物であるのだから、当然といえば当然なのであろう。
同行していた高梨は、談笑し合う優大と昏華さんとは対照的で、俯きながら終始不貞腐れたような態度をとっていた。何となく理由を察せてしまう自分が、ひどく醜く思えて、私は途中から昏華さんの説明など気にも留めず、高梨を視界から外すことにしか意識が向かなかった。
一通り説明が終わると、昏華さんはバリア内の片隅へと私たちを誘導した。どうやら私たちの家を作ってくれるようなのだ。『メタモルフォーゼ』という掛け声とともに、昏華さんが右手を天に掲げた途端、光に包まれたかと思うと次の瞬間には全く見覚えのない中年の男性へと姿を変えた。
「……すいやせん。いつものやつ、頼んまさァ」
高梨が力なくそう言うと、中年男性は小さく頷き、両手のひらを地面に向けた。次の瞬間、地面から木造建築物が徐々に姿を現し始め、数分後には全貌を露わにした。
中年男性は満足げに腕を組みながら自身が出現させた家を眺めた後、高梨に向けて親指を立てたかと思うと、次の瞬間には再び光に包まれ、今度は昏華さんが姿を現した。
「私の能力は、会ったことのある人間に成り代われるというもの。人格そのものも憑依することができるから、矛盾が生じるからなのか故人限定だけどね。後悔を果たして狭間世界を去った人でも能力を発動できるから、意外と汎用性は高いんだよ。
まぁ、そんな事はどうでもいいか。とにかく疲れたでしょ? 今日はゆっくり休むといいよ」
昏華さんは額の汗を拭いながらそう言うと、笑顔を振りまいた。
「敦子は先に中入ってて! 僕はもうちょっと見てくるから!」
見たことのないような無邪気な顔で、優大は私にそう言った。
「うん、いってらっしゃい」
私は笑顔を作ると、二人に背を向けてドアノブに手をかけ、中に入った。作りたてだからか、今まで生活の拠点だった家が古かったから感じるだけなのか理由はよくわからないが、どこもかしこもピカピカに見える。なんだかそれがとても癪に障った。
とりあえず、近くにあったソファに腰かけた時、扉が開いて顔を出したのは高梨だった。
「ちょいと話してェ事があるんですが、いいですかィ?」
相変わらず不機嫌そうに、顔をしかめながらそう言った。
「俺たち、対象は違えど抱いている感情は同じだと思ってるんでさァ。ここはひとつ。お互いのためにも、あいつを連れて早々に出て行ってくれねェですかィ?」
「出ていかなきゃいけないんだとすれば、それは私たち二人でしょ。それは君も十分に分かっている事じゃないの?」
「……気に食わないんでさァ。いきなり現れたやつが、いとも簡単に心を奪っていくなんて」
「それは勘違いだよ。私たちが出会う前から二人の心にはお互いが存在していた。そして、二人でしか埋められない思いがあったんだ。でも、ようやくそれが満たされる時がきた。だとしたら、私たちができることは見守ること。そして、祝福すること。それができないなら身を引くしかない。そうでしょ?」
「言葉と表情が一致してないですぜ」
「……うるさい。これ以上話かけないで」
私は高梨に背中を向けると、そう吐き捨てた。
「また来まさァ。それまでに何か案でも考えといてくだせェ」
高梨はそう言うと、静かに扉を閉めて姿を消した。
十分とはお世辞にも言えないけれど、優大との時間を過ごす事ができたのは事実だ。汚れた感情を捨てれば、今までと大差なく暮らしていけるだろう。むしろ、今までよりも安全になったのだ。文句の一つもない。それに、昏華さんは優大の肉親だ。そもそも、こんな感情を抱くのがおかしいのだろう。
……嫌いだなぁ。本当に。
私はソファの肘掛けに頭を乗せると、そのまま横になった。
時間が解決してくれるのを期待するしかない。それが無理なら、本当に……。




