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須々木優大37.昏華の姉御

「見渡す限りは大丈夫そう」


「よし。少しずつ、落ち着いていこう」


 それから支度を済ませた僕たちは、家を出ると手を繋いだ。お互い常に周囲を警戒しながらも、確実に前へと進む。五分程度経過したところで、家紋横断を敦子に発動してもらい、また前へと進む。それをひたすら繰り返す感じだ。今日も順調に進んでいた。しかし、三十分ほどが経過した頃、十時の方角に動く人影が見えた気がした。


「敦子! 頼む!」


「家紋横断!!」


 僕の声に合わせて敦子がそう唱えると、バリアと家が瞬間に移動し、僕らは身を隠すことに成功した。しかし、外部の人間から見えなくなっただけで、僕たちのいる位置は変わらない。仮に僕たちの存在が気づかれており、攻撃されてバリアが破壊されてしまえば、僕たちは成す術なく蹂躙されるだろう。つまり、ピンチには変わりないのだ。

 

 どうか去ってくれ。気づかないでくれ。


 そう願いながら、僕たちは固唾を呑んで見守った。しかし、人影は無常にも僕たちのもとへと勢いよく接近し、その距離はいともたやすく五十メートルを切ってしまった。人影の正体は、背中から羽のような白い物体が付いている茶髪の男だった。


 何やら自身の右手を見つめていた敦子であったが、


「私は優大が死なない限りは不死身。時間は稼げると思う。確かこうして……こう!」


自身の胸を勢いよく叩いたかと思うと、今度は僕の背中を勢いよく叩いて見せた。


「ちょっと待て! 何を——」


「これで家紋横断の能力は優大に移動したはずだから。少しでも遠くへ逃げて」


 僕に有無を言わさず敦子は微笑みながらそう言い残すと、茶髪の男と向き合うような形でバリア外へと飛び出して行った。


 今の僕は無力。敦子は僕が死なない限りは不死身。合理的に考えれば、敦子の行動は理にかなっている。しかし、これで本当にいいのだろうか。


 思考がまとまらず、その場を動けないでいると


「死にたくなかったら、もう一人も出てきてくだせェ。時間がねぇんでさァ」


敦子の前で翼をバタつかせながら着地した茶髪の男は、特徴的な口調でそう口にした。


「私は一人だ。殺したかったら殺せばいい。覚悟はできてる」


「俺に女を殺す趣味はありやせん。それよりもあんたら、リリラガンに会っただろ?」


「どうしてそれを!?」


「身を隠すために使っているバリアの頭上に、微かだが風が纏っている。あいつは、襲撃した人間のうち、わざと数名だけを生かし、その人間が他の人間たちと合流したところで再度襲撃を行う。とにかく悪趣味な奴なんでさァ。悪いことは言わねェ、そのバリアを捨てて、お仲間も一緒に俺に着いてきてくだせェ」

 

 茶髪の男は、敦子ではなくこちらを見つめながらそう言った。


 思わず頭上を見上げたが、僕の目には風が纏っているようには見えない。しかし、この男の言っていることが事実であるならば、今すぐバリアから離れた方がいいだろう。


「お前が僕たちにとって無害な事、着いていく事へのメリット、そしてお前が言っていることが嘘ではないこと。それらを説明し、証明してくれるなら着いていく。一つでも曖昧なら、僕たちはお前を敵と見なす」


 僕はバリア外に出て、敦子の横に並ぶと茶髪の男に向けてそう言った。敦子は、僕を見て何か言いたげだったが、すぐに茶髪の男の方を見据えた。


「信じないのなら、それでもいい。俺は別に聖人じゃねぇ。昏華の姉御がそうしろっつーから従っているだけでさァ。断るっつーなら、後は殺されるなり余生を楽しむなり、好きにしてくだせェ」


 茶髪の男はそう言うと、僕たちに背中を向けた。


 ……ぐれかの姉御?


 僕はその言葉を聞き逃しはしなかった。


「ぐれかって黄昏の昏に、中華の華か!?」


 僕は勢いよく駆け出し、茶髪の男の右肩を掴むとそう言った。鼓動が激しくなっていく。息が詰まりそうな勢いだ。


「漢字まではわかりやせんが、昏華の姉御を知っているんですかィ?」


 茶髪の男は振り向くと、眉をひそめながらそう言った。


「……敦子。ごめん。こいつに着いて行ってもいい?」


 リスクがあるのはわかっている。しかし、いてもたってもいられなかった。


「うん。もちろんだよ」


 背後から敦子の声が聞こえてきた。


「ありがとう」


 僕がそう呟くと、


「行くってんなら、今すぐここを離れやしょう。幸い近くにはいないみたいですが、いつやってくるかわかりやせんから。俺の足に掴まってくだせェ」


 僕と敦子は言われるがまま、左右に分かれて茶髪の男の足を掴むと、茶髪の男の背中の羽が突然羽ばたき始め、次の瞬間には僕たちごと宙を舞っていた。


「マッハでいきやす。振り落とされないよう、しっかり掴まっててくだせェよ!」


 茶髪の男はそう言うと、砂塵を切り裂くように突き進んでいった。

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