崎野由美EXTRA.伝えたいことが
結局私たちは手も足も、能力すらも出ることなくリリラガンに倒された。わかっていた事だけど、悔しい。どうしても殺したかった。どうしても。
そしてもう一つ。どうしても果たしておきたい思いが私にはあった。ミラーは逃げなかった。私だって、逃げるわけにはいかない。もう、これが最後なんだから。
頭から足先まで、どこも動いてはくれない。思考することも困難になってきた。そんな状況の中、私は一哉と心を繋げることにした。
人間と上手く関われなかったこと。
それが私の後悔。思った事を口にして、空気を凍り付かせたり、他者に不快感を与えたり。それがいけないことなのだと知り、言葉を選ぶようになってからも周囲の反応が変わることはなかった。気づけば家に籠るようになり、ある日の夜中、ふと聞こえてきた両親の会話。
『産むんじゃなかった』
『俺たちは悪くない』
そんな言葉で私の心は崩壊し、自ら命を絶ったのだ。
狭間世界に来てから、人と関わることを恐れていた私だったが、このままではいけないのは百も承知だった。現世の頃とは環境が違う。大丈夫、大丈夫だ。そう言い聞かせて、人と関わりを持ってみたが、結果は現世と何も変わらなかった。
私が悪い。溶け込めない、空気を読めない、顔色をうかがえない。そんな私が悪いだけ。そんな事を思いながら、再び命を絶とうとした時に一人の男が私の前に現れた。
「死ぬのは勝手だけど、それでいいのか?」
それでいいのか?
そんなわけないじゃないか。こんな結末で満足するのならば、後悔などしていないのだから。
そもそも、こいつは何だ。偽善者ぶって何様だ。自殺を止めるという行為で私よりも優位に立って、良いことをしたと勘違いした挙句、優越感に浸りたいだけだろ。いっちょ前に顔をしかめたって、心を読めば行動の真意なんて筒抜けなんだからな。
そんな事を思いつつ、私は男の心を読んだ。
『何か力になれないだろうか』
……何を言っているんだこいつは。
言っている言葉の意味が、私には理解できなかった。引き続き心を読んだが、男の心は私の現状を打開する術を見出そうと必死になっているだけで、己の欲望を満たす感情を微塵も抱いていなかった。
私は動揺しながらも、男に言葉をぶつけた。ひどい事を思うがままに口にした。男はそんな私に対して、黙ったまま私を見つめていた。すべてを吐き出した後、再び心を読んでみた。
『今の俺には、この女性の言葉を受け止めることくらいしかできない。情けねぇ。ごめんな』
意味がわからなかった。見ず知らずの女が暴言を吐き散らかしたんだぞ? この男はどうして、嫌悪の一つも抱かない?
初めての経験で、どうしていいのかわからなくなった私は、逃げるようにその場を後にした。
その後は、男の様子を観察しつつ、心を読む日々が続いた。あの時の言動は何かの間違いだ。根本は他の人間と変わらないはずだ。そう言い聞かせながら。
結論から言えば、男は他の人間とは違った。己の後悔にけりをつけるべく、他者の目など気にも留めずに行動していた。どうすることもできない思いと日々葛藤しながらも、決して折れることなく立ち向かっていた。その姿が、他人を気にして生き、挫折した私にとっては無性にかっこいいと思ってしまった。
私も男に近づけるように。同じ土俵に立てるようにと、いつの日か後悔から目を背けるのをやめた。無我夢中に日々を過ごし、気づけばミラーに声をかけられ、再び男と顔を合わせることとなった。
「よう。雰囲気変わったか? 俺は破元一哉。よろしくな」
そう言ってほほ笑む一哉に対して、私は一哉の心を読むのをやめる決意をした。
本音を隠せば隠すほど、悪態しかつけなくなる私を、ろくにあなたの顔を見られない私を良く思ったりはしないだろうから。いずれ、皆のような感情を抱いてしまうであろうあなたに対し、身勝手に傷つきたくないから。
『もう、どこも動かねぇ。終わりか。わかっていた。だけど、ちくしょう。許せねぇ。リリラガンだけは俺の手で殺したかった』
一哉の心が私の中に流れてくる。私と同様に、一哉の時間も限られているはず。伝えなきゃ。伝え——
『由美は後悔を果たせたかな』
え?
『初めて会ったあの日、自殺はいけないからなんて理由で、無責任に言葉をぶつけた。由美の生涯や気持ちを考慮せずに俺の身勝手で生かしてしまった。申し訳ないことをした。憎んでるだろうな』
……何を言っているの?
『何が正解だった? 何年も一緒にいたくせに結局何もわからなかった。何もできなかった。だけど、だからこそ。まだ死ぬわけにはいかねぇ。どれだけ嫌われようが、どれだけ憎まれようが、由美の後悔は、後悔だけは』
会った当初から、一哉は死にたがっていた。それは、自身の後悔からくる思い。怖気づきたくない、逃げたくないという思いから自殺という手段ではなく、戦死という形に拘り、己の死をもって、亡くなった家族に対して償おうとしていた。だから、戦闘時には不必要な無茶を繰り返していた。その思いを知っていたから、私たちはその行為を止めはしなかった。
しかし、本音を言ってしまえば死んでほしくなかったから、戦闘後には注意をしている自分がいた。あくまで形式上によるもの。それで一哉の意思が揺らぐなんて思っていないし、尊重しているつもりだった。
しかし、思い返せば不自然な点がある。死にたがっている割には、死のうとしなかったのだ。いや、もちろん無茶はしていたのだが、敵の能力が判明してから動き出したり、致命傷を負い兼ねない能力を所持している敵と対峙する際は、不用意に近づかず遠距離で対応して私たちの援護を待っていたり。
単なる気まぐれ。そんなふうにしか考えていなかったけど、もしかして。もしかしてさ、私の後悔なんかを気にしていたから死ねなかったってこと?
己の後悔だってあるくせに、私なんかの事を優先してくれていたってことなの?
……ばか野郎。ばか野郎過ぎるよ。
伝えなきゃ。ちゃんと、ちゃんと伝えなきゃ。
『偽善者ぶって何様だよ。私の事なんか、気にしなくてよかった。気にしてほしくなかった。他人のためなんかに、何年も自身の後悔を蔑ろにして。バカじゃないの?』
思いとは裏腹に、伝えられた言葉には真意を籠める事ができなかった。
『人は変われない。そんな言葉で私の人生を終えるには、あまりにも無責任極まりない。わかっている。だけど、こんな状況でさえ、悪態をつく事しかできない。やっぱり、どうしても、それが私なんだ。少しでも期待した私がバカだった。
一哉こそ、私を憎んでいるだろう。今の言葉で私に声をかけた事、今まで生きてくれた事を後悔しているに違いない。
……あぁ。本当に、私は私が大嫌——』
『心の声、漏れてんぞ』
唐突に一哉の心がそう言った。
しまった。つい——
『どれだけ悪態つかれようが、俺は由美を憎んでいない。後悔などするはずもないし、由美がどれだけ自身を嫌っていたとしても、俺は由美のこと嫌いじゃないよ』
一哉の心は続けてそう言った。
……そうだ。そうなんだよ。一哉は、今まで関わってきた人とは違う。わかっていた事じゃないか。それなのに、ありもしない脅威に怯えて私は今まで何をやっていたんだ。
ちくしょう、ちくしょうが。
『私だって……。私は……』
それでも、まともな言葉を形にできない私に対して、
『楽しかったよ。最高だった。それは間違いなく、由美がいたからだ。だから、ありがとう』
一哉の心はそう言葉を残すと、それ以降は読み取ることができなくなった。
待って。伝えたい事があるんだ。まだ、死なないでよ。
ねぇ、一哉。
「私……の方……が……」
薄れゆく意識の中、私の言葉は砂嵐の中へと消えていった。




