須々木優大34.果たすべき後悔の結末は
「どうして——」
「もしかして家紋横断!? どうしてあんたが使えるの!?」
僕の言葉を遮ると、由美は雨海さんに言葉をぶつけた。
「私は、少しでも長くあなたたちと距離をとる事。青い煙が見えたら胸の前で手のひらを重ねて目を閉じ『家紋横断』と唱えるよう言われただけ。詳細は行動に移せばわかるとしか言われなかったから」
雨海さんも状況をつかめていないのだろう。何はともあれ、一つだけ明らかになったことがある。
「勝てないことを想定して、俺たちだけを逃がす策を事前に練っていたわけだ。バカにしやがって」
一哉は意識を取り戻したのか、僕の背中から降りるとそう言った。
「長年近くにいて、心も読めていたはずなのに、ミラーの言動には驚かされることが多かった。大事な場面では特に。何で教えてくれなかったのかな。悔しいな」
「由美、ミラーの位置わかるか?」
「リリラガンの心の声がするから、まだ範囲内っぽい。行けそう?」
「……ったりめーだろ」
「ビビり散らかしていたくせに」
「だからこそだ。ここで退くわけにはいかねーよ」
そんな会話を交わしながら、二人は足を引きずりながらも躊躇することなくバリア外へ向かい歩き出した。
「待って!!」
二人の動きを止めたのは、雨海さんのその言葉だった。
「私がここで何を言おうが、あなたたちを止められないことくらいわかってる。だから、あの人が私に託した言伝を言うね。『由美さん、私と心を繋いでください』」
数秒沈黙が続いた後、由美が静かに口を開いた。
「これから私が言うことを皆さんにも聞こえるように声に出してください。動かず、黙って聞いていてください。よろしくお願いします。
少し、昔話をしますね。私が現世で生きていた頃、問題に直面し、選択を強いられる場面が何度もありました。もちろん、それは生きていれば当たり前のこと。他の人たちがそのような状況下に置かれた際、選択をして道を切り開いていっているのは理解しているつもりです。
そんな中、私がとった行動は選択をせず、逃げることでした。問題から目を背け、平坦な道に戻ることで何事もなかったかのように過ごす。また問題が発生すれば、その行動を繰り返す。ようは、困難を恐れ、目を背けて逃げるだけの人生を送っていたのです。問題は何一つ解決していないのだから、いつの間にか逃げ道は消滅し、唯一残された道が命を絶つこと。最終的にはそれを自ら選んでしまうほど、私は愚かで情けない人間でした。
狭間世界にやってきて、『あなたの後悔は目の前の現実から逃げたこと。己を信じ、突き進めなかったこと』なんて言われて、能力を付与されてもどうしていいかわからなかった時、一哉さんと由美さんに会いました。
一哉さんは明るい性格ではありますが、戦闘時には作戦を無視して行動するなど、少々協調性に欠けていたことから、周囲に煙たがられていました。それでも、己の後悔と向き合い、その姿勢を変えることはありませんでした。由美さんは、強めの口調と心を読めるという能力のせいもあり、周囲の人間とは溶け込めないでいましたが、現状を受け止め変えようと努力をされていました。
私は率直に、なぜあえて自ら渦中に飛び込むのだろうと不思議に思いました。その先に何があるのか保証なんてされていないのに、辛い思い、苦しい思いだけ重ねて闇雲に行動して。己が可愛くないのか、自ら首を絞めてバカじゃないのかとまで思っていました。
ですが、二人が後悔と向き合う事をやめる事はありませんでした。遠くでその様子を見ていましたが、いつしか私は二人のひたむきさに惹かれていたのでしょう。私も自身の後悔と真摯に向き合いたい、逃げたくないと思うようになりました。そして、お二人の後悔を果たす援助をするなんて身勝手な目標を己に掲げ、お二人に近づきました。
しかし、現実は甘くなく、何をどうしたらよいのかなんて、私にはわかりませんでした。当然です。自分の事ですら投げ出して生きてきたのですから。
そんな中、神に召集されて現実世界から人を選ぶことになりました。本音を言ってしまえば、私は世界がどうなろうが知ったことではありません。だから私は、お二人の後悔を果たす手助けができそうな方を意識して探しました。そして、他人のために行動し、他人のために傷つき、他人のために生きていた須々木優大さんを選びました。
わかっていました。探している最中も、選択した時も、選択して狭間世界に帰った時も。結局私は、自ら掲げた目標を他人に擦り付けて逃げようとしているのだと。そして、逃げたことに対する己の嫌悪感よりも、自ら背負った荷を下ろすことができるかもしれないという安心感の方が勝っていたことに気づいた時、情けなさや呆れを通り越し、いつしか己に期待することをやめてしまいました。
もういい。誰かに任せよう。それが無理でも、公言していない限りは私の中で消え入るだけだから問題はないはずだ。そう自分に言い聞かせることくらいしかできませんでした。
優大さんがやってきて、短い期間ながらも、お二人に変化をもたらしている様子を見た時、私の無力さを痛感したと同時に、私ができればよかったのになんて薄情で卑劣で醜悪な思いを抱いてしまいました。ですが、諦めたくない、逃げたくない、後悔を果たしてやりたいという思いも再燃してくれました。
そして、その時からいつかくるであろう強敵との闘いに備えて計画を練りました。
『強敵と対峙した時、逃げずに立ち向かい、仲間を守る』
新たに掲げた目標。果たすべき後悔の結末は、想定以上に早く訪れたので付け焼刃になってしまったのですが、私にしては上々でしょう。
……さて、私の長話で皆さんがその場に留まってくれたおかげで、リリラガンが皆さんを見つけ出すことはできなくなったはずです。風による探知もできないよう気を張ったので、ご安心ください。
何もかもが中途半端。無責任なまま放置して、私一人だけが自己満足で人生を終える。そんな勝手は許されない。わかっています。何を口にしようと、どんな行動をとろうとも、非難されるべき存在であることは承知しています。ですが、どうか。最後に、言わせてください。
本当に、本当に、本当に。申し訳ございませんでした」
由美はそこまで言うと、口を閉じた。
「……なんだよそれ。ふざけんな! 言い逃げなんてさせるかよ! 由美!!」
一哉は声を枯らしながらも、大声を上げた。
「わかってるわよ!!」
由美もそれに答えるように、声を大にした。
「ミラーは俺たちに逃げ道を作ってくれた。向き合い、疲弊するばかりの毎日で、それでももがかなきゃ、前を向かなきゃ、後悔を果たさなきゃと必死になることしかできなかった俺たちに、安寧をくれた。俺たちの自分勝手な言動に対して、嫌な顔一つせず受け入れてくれた。それがどれだけ救われていたか。ミラーは何もわかっちゃいねぇ。
もちろん、根本的な解決はできなかったかもしれない。後悔を果たすには、もしかしたら遠回りになったのかもしれない。だけど、間違いなく胸を張って言えるよ。
ミラーと過ごした時間は、俺たちにとって無駄なんかじゃない。大切な時間だったって。だからよ、謝らないでくれ。ミラーの苦悩は俺たちには計り知れないけれど、俺たちと過ごしてくれたミラーを否定だけはしないでくれ。
俺たちだって、ミラーにはたくさん迷惑をかけた。でも、だからこそ、感謝の気持ちを言わせてほしい。
今まで、一緒に戦ってくれてありがとう。俺たちのそばにいてくれて、ありがとうございました」
一哉はそこまで言うと、拳を握りしめて俯いた。足元には複数のしずくが降り注いでいた。
「由美、僕も一言言わせてくれ」
由美は顔をぐしゃぐしゃにしながら、唇をかみしめていたが、僕の言葉に対して小さく頷いてくれた。
「選ばれたことはやっぱり不本意だ。そのせいでたくさんの人が死に、迷惑もかけたから。だけど、お前が僕を選んだことで、由美や一哉。そして雨海さんに出会えたことは事実。その点では、感謝もしてるんだ。だから、ミラー。ありがとう」
僕がそう口にした数秒後、再び由美が口を開いた。
「君たちを守れてよかった。逃げないでよかった。皆さん、ありが……」
由美はそこまで言うと、口を閉ざしてその場に崩れ落ちた。




