須々木優大32.ありったけを
「おい一哉!! 僕はまだ雨海さんとは——」
「作戦があるらしい。ミラーが言ってた。この状況で優大の能力を失うようなことはしないはずだ。とりあえず急ぐぞ! 魔罪人の一人、アランバーグ・リリラガンがもうすぐそこまで来ている!!」
一哉は家の扉を開けて早々に、そう声を張った。一体どんな作戦があるのだろうか。わからないが、強敵の襲来だ。やるしかない。やるしかないのだろう。
僕は決意を固めると、一哉とともに勢いよく外へと飛び出した。ミラーと由美はバリアから数十メートル離れた先で待機していた。僕たちもすぐに合流したが、雨海さんの姿はどこにもなかった。
「雨海さん……は?」
そう言いながら辺りを見回すが、誰からも返答がなかった。
「おい!! 無事なんだろうな!!」
そう声を張ると、
「大丈夫です」
ミラーは深く頷いて見せた。その直後だった。身体全体に力を籠めないと簡単に吹き飛ばされてしまいそうな突風とともに、目の前に現れた男は不適な笑みを浮かべていた。頭上で胡坐を組みながら鎮座している。強者の風格とはまさにこのことだろう。
「あの逃げた腰抜け女はいねーのか。風が消えたってことは死んだのか?」
「あなたがアランバーグ・リリラガン、ですか」
ミラーは物怖じせず、リリラガンを見据えたままそう言った。
「名前なんて覚えてても仕方ねーだろ。どうせお前ら全員死ぬんだからよ」
リリラガンは狂ったように目を見開き、舌で下唇をなめながらそう言った。
『かまいたち、よけろ!』
唐突に脳内に入ってきた由美の言葉で、僕はとっさに右側へ体を投げ出した。おかげで膝を擦りむいたが、どうやらリリラガンの攻撃は回避できたようだ。僕はすぐに態勢を立て直すと、リリラガンを見据えた。
「情報共有が行き届いているのか、はたまたこちらの動きを読めるやつがいるのか。まぁ、何も変わらねぇけど……あ?」
「動けないでしょう。滑稽なものです」
ミラーはそう言い切った直後、僕と同様に体を右側へと投げ出した。
「なんか言ったか?」
リリラガンは何事もなかったように動き出すと、首の骨を鳴らしながらそう言った。
「ノーモーションで能力の発動。厄介極まりないわね」
「私の能力も簡単に破られてしまいました。やはり一筋縄じゃいかない相手ですね」
こんな状況であるというのに、ミラーも由美も落ち着いていた。リリラガンを見据えながら次なる行動に備えているようだ。
「支柱は金髪のお前だろ? もう少し楽しませくれや!!」
リリラガンがそう言った途端、突風が吹き荒れて僕たちは後方へと吹き飛ばされてしまった。
転がりながらも、何とか態勢を立て直そうとするが、風の勢いが強すぎて立つことすらできなかった。こんな状態で攻撃されては避けることなど不可能だ。手も足もでないとは、まさにこのことだろう。
『風止まる。行け!』
由美の言葉が届いた瞬間、突如豪風が止まり体が軽くなった。その瞬間を逃すはずもなく、僕は立ち上がるとリリラガンのもとへと駆け寄った。
おそらく風を止めたのはミラーだ。人間以外も止められるのは初めて知ったのだが、あんな豪風を長い間止められるはずもない。チャンスはものの数秒だろう。少しでもリリラガンとの距離を詰め、爆発に巻き込んでしまえばダメージを負わせることができるはずだ。そのためには、一哉の力が必要不可欠。
「一哉!!」
僕はそう叫ぶと、一哉の方を見た。その瞬間、目を疑った。しかし、見間違いではなかった。いつもの威勢はどこかへ消え去り、身体を伏せたまま怯えた表情で俯いていたのだ。僕の声掛けに気づいていないのか、こちらを見向きもしなかった。
立ち止まっている時間はない。
「うああああぁぁあああぁぁあ!!」
無駄に声を張り上げながら近づくも、虚勢に気づいているのかリリラガンは退屈そうに大きな欠伸をかましている。
結局何もできずに豪風が再び吹き出して、僕は後ろに吹き飛ばされることとなった。
どうした? 一体どうしたってんだよ!?
「一哉ぁぁぁぁぁああああ!!!」
そう叫ぶも、この暴風の中では届きやしないだろう。僕は何度か飛ばされながらも、なんとか一哉のもとへたどり着くと、再び声をかけた。
「一哉!! どうした? らしくないぞ!」
「……動かねぇ。動いてくれねぇ」
一哉は俯いたまま、表情を変えずにそう言った。
動けないのは、風のせいだけではないような気がした。
『もう一度風を止めろ!!』
僕は心の中でそう何度も叫んだ。
『由美、届けてくれ!! 頼む! もう一度止めてくれ!』
思いが届いたのか、叫んだ数秒後には風が止んでいた。
僕は、両手両膝を地面に付けたまま立ち上がろうとしない一哉に対して、
「今までの威勢はどうした? 魔罪人相手にびびってんのか? なんのためにこの世界に来た? なんのために今まで生きてきた? すべては後悔を果たすため。そうだろ?
だったら、今ここで、あの日のお前を超えて見せろ!!」
そう言って右手を天高く突き上げると、一哉の背中めがけて力の限り勢いよく叩いて見せた。
「……ってぇ」
一哉は小さな声でそう言った後、静かに起き上がると
「くそがよぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
今度は大声を張り上げた。一哉の瞳には、しっかりとリリラガンが映っていた。
僕はその様子を見届けた後、再度リリラガンのもとへ走り出した。
もう大丈夫。今の一哉なら。そう信じて。
リリラガンとの距離が二十メートルほどになった時、僕は立ち止まると自身の足元へ持っていた爆弾を勢いよく投げつけた。衝撃で爆弾は爆発し、爆風とともに僕は宙を舞った。距離はさらに縮まり、五メートルほど。風はミラーがまだ止めている。チャンスだ。この距離で最大級の爆発を。僕たちのありったけを。
「やれぇぇえええ、一哉ぁぁああ!!!」
朦朧とする意識の中、力の限りそう叫んだ。僕の視界には、僕に背を向けて走る由美の姿と、ミラーを抱えて走りながらも右手を僕の方向へと向けている一哉の姿が映っていた。
「ったりめーだこらぁああ!!!」
一哉が僕の言葉に答えるようにそう叫び、指を鳴らした次の瞬間、胸が急に熱くなり、張り裂けそうな痛みが襲いかかると同時に、僕は四方八方に弾け散った。




