表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/96

雨海敦子1.惑いの光

 騙す、演技。最初に言われた時は驚いた。この人は本当の私を知らないのに、どうして今の私が嘘だと気づいたのだろうと。しかし、それはどうやら勘違いだったみたいだ。


 須々木さんは、どうやら『計画』に従わないようにするために自殺しようとしていたらしい。その自殺を私は拒み、そのうえ計画を企てている彼らのもとへと引き連れたのだから、計画に加担していると誤解されても仕方がない。信用されなくて当然だ。須々木さんは善意で私との契約を承諾してくれただけなのに。さぞ裏切られた気分だっただろう。


 謝らなければならない。許されない事をしてしまったのだから。


 謝らなければならない。せっかくの善意を踏みにじってしまうのだから。


 家を出て行ってから数分後、須々木さんは再びリビングに顔を出した。


「ごめん」


 戻ってきて早々、須々木さんは深々と頭を下げてそう言った。


 状況が理解できなかった。謝るべきなのは私であるはずなのに。どういう心境の変化なのだろうか。


「急にどうしたんですか。顔を上げてください」


「今まで、最低な態度を君にとってしまって本当に申し訳なかった。僕の方から疑っておいて申し訳ないんだけれど、やっぱり契約を続行してもらえないだろうか」


 契約を続行?


「それはつまり、契約が終了するまで死ぬ気はないという事でしょうか」


「あぁ」


「計画はいいのですか。自殺を選択してしまうほどに拒んでいるのではないのですか」


「契約を続行したい。それが今の僕の本心だ」


 先程と言っている事が真逆すぎる。


「何かあったのですか。説明してほしいです」


 須々木さんはゆっくり顔を上げると口を開いた。


「シャワーってさ、蛇口を捻ると最初は普通冷水が出るよね。でも昨日は温水が出たんだ」


 急に何の話をしているのだろう。


「事前に温水がでるよう調整しておきましたから。それがどうかしたんですか?」


「……どうして?」


「疲れていらっしゃる様子でしたので、少しでも早く暖かくなってもらいたいと思っただけです。もしかして迷惑でしたか?」


「……いや、違うんだ。君がしてくれたのかなって気づいた時、ふと思ったんだ。この行動は演技じゃないって」


「わかりません。どうしてそれが演技じゃない事につながるんですか?」


「言葉にはたとえ嘘の感情でも、その気になれば乗せる事ができる。どんな状況でも何食わぬ顔で限りなく。でも、行動にはそれに限りがある。どれだけ取り繕おうが、シュミレーションしようが、ボロがでる。必ずどこかで見抜かれるものなんだ。

 昨日のあの状況、見えないところにまで気を遣える余裕などないはずだった。野菜を切って、湯を張って、バスタオルや着替えを準備して。あんな短い時間の中で、その上どうしてそこまで気にかける事ができる?」


「買い被りすぎですよ」


「……じゃぁ、ホットケーキはどうなんだ?」


「え?」


 須々木さんは私に背を向けると、キッチンへと足を運んだ。


「あっ……」


 思わず引き留めようと声が出た私の事を気にも留めず、須々木さんは冷蔵庫の扉に手をかけた。そのまま開けると、中には山盛りになったホットケーキたちがそびえ立っていた。


「……正直予想以上だ。一体いつから作っていたんだよ」


「十時くらいからです。ご存じだったのですか?」


「三角コーナーに夥しい量の卵の殻を見かけたんだ。あの量でホットケーキが三枚しか作れないわけがない。それなのに君は、また作ると言った。そこに違和感が生じたんだ。どうしてこんなに作ったんだ?」


「暗い世界から抜け出して、ようやく瞼を開けた時、食べ物の匂いがすると安心しませんか。それが誰でもない、自分のためだったのだとすれば、尚更。

 ホットケーキは冷めたら正直美味しくないです。どうせなら出来立てを食べてもらいたいと思っていたのですが、ここまであなたが起きないとは思いませんでした。正直誤算でした」


「それは悪かったな。演技は見られて初めて評価される。でも君は僕に見せつけようとはしなかった。だから僕は、君の行為は優しさによるもので、演技でも嘘でもないと結論付けた。そう結論を下した以上、自殺をする事よりも、君を信じて契約を続行すべきだって思ったんだ。疑って、嫌な態度をとって本当にごめん」


 須々木さんはそう言うと、再び頭を下げた。


「謝らないでください。会って間もない人の事をすぐに信頼する方がどうかしていますから」


 須々木さんはきっと大きな決断をしてくれたのだろう。だからこそ、これ以上黙っているわけにはいかない。


「……今ならまだ引き返せます。私にキスをして契約を破棄してください」


「どうして?」


「私は自ら死を選択したくせに無様に生き延びたうえ、死にたくないと駄々をこねている最低な人間なんです」


「今生きたいと思っているのなら、それでいいじゃないか」


「……王食菌の耐性がない人間の体内に微量でも王食菌が入り込むと、数日後には激痛が生じます。その痛みは持続し、今度は入り込むたびに痛みが増強するようになる。ですので、今までたくさんの人と契約を結んできましたが、二週間と続いた人はいませんでした。皆、襲い来る激痛に耐えきる事ができずに契約の破棄を望まれました。当然です。そんな思いをしてまで私を生かす義理などないのだから。楽になりたいから自殺を選択したはずだったのだから。

 仮に破棄しなかったとしても、あの調子だと一か月も経たずに死んでしまいます。ですので、どのみち契約が果たされる事はないんです。つまり、本当は契約を続ける意味なんてないんですよ。ただの私の自己満足なんです。私が死ぬのはもう決定事項で、自業自得なだけなんです。わかったうえであなたの自殺を止めた。知らなかったとはいえ、あなたを追い込み辛い思いをさせてしまった。そんな最低な人間なんです。だから本当に謝るべきなのは私の方なんですよ。

 待ち受ける結果が同じなのだとしたら、これ以上あなたを苦しめたくはありません。契約の破棄をお願いします。自分勝手で、本当にごめんなさい」


 きっと怒鳴られるだろう。当たり前だ。殴られて、蹴られたって構わない。それくらいの事を隠していたのだから。


「君がどんな理由で自殺を選択し、何度絶望へと叩き落されてきたのか。僕には想像もつかない。辛かったね」


 しかし、須々木さんはそう言うと私の頭を優しく撫でた。


「違います。キスです。それですべてが終わるんですから」


「もう十分苦しんだでしょ? これからはもう、生きる事だけ考えていこう」


「何を聞いていたんですか。私はもう死ぬしかないんです。契約を続ける意味なんてないんです。だから早くキスを——」


「契約破棄を破棄する」


 須々木さんは私の言葉を遮ると、唇を重ねてきた。


「これで満足?」


 数秒後に私を解放すると、そう言って笑った。


「この世には奇跡という事象があるんだ。君は今もこうして生きている。諦めるのはまだ早いんじゃないかな」


「ですがあなたが——」


「辛いとか苦しいとか、知らないしどうでもいいよ。これから先の僕の感情を勝手に決めつけないでくれ。

 まぁでも、しんどそうな顔をしていたら、その時は何でもいいから料理作ってよ。それできっとチャラになるから。以上、この話は終わり! 残りのホットケーキ食べていい? あれ本当はもっと食べたかったんだよね」


 須々木さんは再び私の言葉を遮りそう言うと、勢いよくキッチンに向かった。


 須々木さんの耳が真っ赤だったのは内緒にしておこう。私は行き場を失った言葉たちをそっと胸にしまい込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ