雨海敦子37.違う
しばらくして、私は体を起こすと外に出ることに決めた。気持ちに折り合いをつけることなどできるはずもなかったが、今はとにかく後ろ向きでも進むしかないと思ったから。
扉を開けて外に出ると、先程の金髪の男とセミロングの女の他に、ツーブロックの男も一緒になって地べたに座り話し込んでいた。
「お待ちしておりました」
金髪の男は、私に気づくと立ち上がりそう言った。
「優大さん……は?」
早まっていく鼓動を辛うじて制止させながら、私がそう言うと
「結論から言いますと、須々木優大さんは生きております」
金髪の男は静かにそう言った。
わかっていたことだった。信じて疑わなかった。しかし、当然のように涙は頬を伝った。
「嘘の情報を流してしまい、もうしわけございませ——」
「優大さんは今どこに? ここにいるんですよね? 会えますよね!?」
金髪の男に詰め寄り、そう問いかけると
「それは、現状難しいことです」
目線を反らすことなく、そう言った。
「……それは、優大さん本人の意思ですか? それとも、会えない状況下にいるということですか?」
「厳密に言うのであれば、どちらでもありません。今会う事は、お二人にとってベストではないのです」
ベストかベストじゃないかなんて、どうでもいい。心底、どうでもいい。
「説明、してください」
私は湧き出る思いを抑え込むと、そう口にした。
「優大さんは、雨海さんに会うことを渇望されていました。この戦争に参加した理由も、死んでしまったとされる雨海さんを生き返らせ、ともに生きるため。その思いを夢として掲げるほどでしたから、思いは確固たるものでした。
狭間世界に来て早々に敵に殺されたと思っていた我々でしたが、雨海さんはワープホールでこの世界へとやってきました。つまり、この世界で優大さんと雨海さんは、もう一度一緒にいられる。一緒に生きていけるようになったのです」
「会えない理由が、私にはどこにも見当たらない」
私が素朴な疑問をぶつけると、
「夢が叶ってしまうからです」
金髪の男は、端的にそう口にした。
「どういう事?」
「優大さんの能力は、最も大切な夢を叶えるまでは死なないというもの。その最も大切な夢というものが、先程お伝えした雨海さんと共に生きることなのです。つまり、それが叶ってしまえば、優大さんは二度と能力が使えなくなります。この世界で能力が使えないとなれば、死は目と鼻の先です。もちろん、死なない条件が最も大切な夢を叶えるまでというものなので、雨海さんと共に生きるという夢以上の夢を抱けばいいのではとも考えましたが、その思いに勝る夢を抱くことはできなかったようです」
優大さんも私に会う事を望んでいる。一緒に生きたいと望んでくれている。それも、最も大切な夢として掲げてくれているのだから、嬉しくないはずがない。しかし、先程から胸騒ぎが止まってはくれなかった。
「雨海さんが現世で能力が発現したきっかけは、おそらく優大さんとの関わりによってのもの。つまり、優大さんにはまだ何かしらの力が秘められているはず。いつの日か雨海さんと一緒になった時に、脅威から雨海さんの身を守るためにも、もう一つの力を明確にするまで能力を失うわけにはいかない。だから今は会えない。それが優大さんの見解です」
……あぁ、そうか。やっぱりそうだ。
「離れる以外の案を色々出してみたけどよ、一度でもあんたの声とかしぐさとか認識しちまうと決心が揺らぐからって言って全部却下された。それだけ、あんたは優大にとって大切ってことだな」
ツーブロックの男は、そう言うと両手を頭の後ろに組んだ。
嬉しい。だけど、違うんだ。
「能力とか、世界とか、正直どうでもいい。私の命も、私にとってはどうだっていいんだ。会わない理由が優大さん本人のためであるならば、私は納得できたと思う。だけど、私を守るためだって言うのならば伝えてほしい。『二人の未来のことは、二人で決めよう』って。それくらいならいいでしょ?」
私は三人に向けて、冷静にそう言い放った。ここで感情をむき出しにする必要はないと思ったから。
「……わかりました。今すぐに伝えます。少々ここでお待ちください」
金髪の男は、そう言うとセミロングの女とともに家の中へと姿を消した。
家の中にいたのだろうか。もしかしたら、すぐ近くにいたのかもしれない。思わず動き出しそうになった体を、私はなんとか静止させるとその場にしゃがみ込んだ。
「優大さ、あんたの移動先を決める時に、チャラ男がいないとこにしてくれとか言いだしてさ。最終的には男がいないとこにしてくれって言ってきかなかったんだぜ?」
ツーブロックの男は、そう言うと私に微笑みかけてきた。
「……そう」
嬉しいよ。だけど私の心は、それ以上の感情が支配してしまっていたから、やっぱり素直に喜ぶことなどできなかった。
しばらくして、セミロングの女だけが戻ってきた。
「私は人の心を読んだり、伝えたりすることができる能力なの。これから私を経由して優大と会話をしてもらう。それでもいい?」
セミロングの女はそう言うと、私を見つめた。私が頷くと
「私の言葉は優大の言葉だと思ってね。じゃぁ早速。勝手に決めてごめん。君の考えを聞かせてほしい」
セミロングの女は腰に手を当てて、そう声を張った。
「私は、ゆう……だいさんの決断を尊重したいと思ってる。だけど、その決断が私という存在によって捻じ曲げられたものなのだとしたら賛同することはできない。私の事は置いといて、優大さんが欲望のままに決めてほしい」
そう伝えると、セミロングの女は数秒沈黙していたが、再び口を開いた。
「君の能力は由美から聞いた。僕が戦地に赴き、死に直面することで君も苦痛を伴う可能性があるのだとすれば、僕はそれを望まない。時間はかかるだろうけど、戦闘以外の方法でもう一つの能力を明確にしてみせるから。それまでは待っていてほしい」
「その能力が例えば、戦闘には不向きだったことが発覚したら優大さんはどうするのかな?」
「その時は……。ごめん。今すぐに回答は出せそうにない」
「……そっか。じゃぁ私は、優大さんの能力がわかるまで、ひたすら待っていればいい?」
「……ごめん」
「少しでも長く一緒にいたい。そう思っているからこそ、もう一つの能力をはっきりさせたい。だけど、今会えば明確にならないまま能力が使えなくなる。そんな状況で敵に会ってしまえば、私を守れない。また離れ離れになる。だから会えない。今は一緒にいられない。そういう解釈でいいんだよね?」
「……うん」
優大さんの言い分は理にかなっているのかもしれない。だけど、私が望んでいる事ではない。だからといって、今すぐに打開案を見出せるほど私はできる人間ではない。だから今は……。
「私は少しでも早く一緒にいたい。何が起こるかなんてわからないから。どのみち、どれだけ好転したとしても永遠は存在しないのだろうから。
だけど、わかったよ。優大さんがそう言うのなら、私は待つよ。だから、話はこれでおしまいだね」
私がそう言うと、それ以降セミロングの女が言葉を口にすることはなかった。何か言いたげにこちらを見つめていたが、やはり何も口にはしなかった。




