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雨海敦子33.だめなんだよ

「ありがとう。色々ごめん」


 しばらくして、佳那は私のそばを離れると俯きながらそう言った。


「私の方こそ、随分とひどいこととか無責任なこと言っちゃったから。ごめんね」


「ううん。こんな話、誰にもしてこなかったからすっきりしたよ。ありがとう」


 そう言って、佳那は私に向かってほほ笑んできた。その笑顔に違和感は生じなかった。


「それならよかったよ」


 私も負けじと微笑み返してやった。


「あのさ、りんりんとあいりんには、さっきの事黙っていてほしいんだ。変に心配させたくないし」


「佳那がそれでいいなら——」


「何も隠す必要はないよ」


 私の言葉を遮って、部屋の外から姿を現したのは、鈴間を背負った松杉だった。鈴間はどうやら眠っているようだ。


「あんだけ大声で話してたんだ。どこにいても丸聞こえだったよ」


「……そっか」


「別にさ、何が正しい正しくないなんて私にはわからないけれど、少なくとも私たちは佳那の明るさに救われてきた。それは事実だ。あんまり自分ばかりを責めないでやってくれよ」


 松杉はそう言うと、優しく微笑んだ。


「あいりん~!!!」


 泣き止んだばかりだというのに、佳那は再び顔をくしゃくしゃにすると松杉に飛びついた。


「あっ、ちょっと! 凛が起きちゃう! 能力使って疲れてるんだから!」


 そんなことを言う松杉の声は、鈴間が起きるには十分すぎるくらいに大きかった。


「……あっ、うぁう。うぅ」


 鈴間は起きると、松杉の背中に顔をうずめて縮こまってしまった。


「りんりん起きた? おはよー!」


「ちょっとやめなよ! 余計に疲れ溜まっちゃうでしょーが!」


 そんな三人のやり取りを見て、私はある決心をした。



「ねぇ、聞いて。私嘘をついていたの」



「ん? 嘘?」


 松杉と佳那は私の方を見て首を傾げた。鈴間は相変わらず松杉の背中を盾にして隠れたままだ。



「現世で発現した能力、厳密に言えば死んでも生き返るじゃないの。運命の人と生死を共にする。これが本当の能力。優大さんが死んでいるのなら私が生きているのは矛盾している。私は優大さんが生きていると思っている。だから、本当の事を教えてほしい。お願いします」


 そう言うと、私は深々と頭を下げた。


「私たちはね、須々木さんが亡くなったと報告を受け、諸々事情を聞いただけ。話したように実際に死を目の当たりにしたわけじゃないから、実は生きているなんてこともあるのかもしれない」


 数秒の沈黙の後、松杉の声が聞こえてきた。


「じゃぁやっぱり——」


「でもね、虚偽の報告をするメリットなんて私には思いつかないし、運命の人が須々木さんである根拠はどこにもないんじゃないのかな。残念だけど、やっぱり須々木さんは亡くなっていると考えるのが妥当だと思う」


 松杉は、顔を上げて話出した私の言葉を遮ると、そう話を続けた。


「根拠はあるよ。現実世界で私は拳銃で撃たれた。致命傷だった。意識を失ったけど、その間に優大さんが生きていたおかげで、しばらくして私は目を覚ましたんだ。すぐに何事もなく動くこともできた。だけど、目を覚ました時には優大さんがもうすでに死んでいたことから、私も間もなくして後を追うように死んだんだ。だから間違いないよ」


「……確かに、その話が本当であれば須々木さんが運命の人である可能性はある。だけど、文字通り生死を共にするという能力であるとするならば、タイムラグが生じているのは不自然だ。もちろん、発動回数が少ないことによる能力の未熟さが原因である可能性も拭えない。どちらにせよ、確証にはつながらないね」


「そんなに優大さんを殺したことにしたいの? 可能性があるならば、私はそれを信じたい。それっておかしなことなのかな?」


 穏便に事を運ばせる予定が、言葉に苛立ちが乗ってしまった。


「おかしいなんてとんでもない。むしろそう思うのは当然だと思う。そこに後悔が絡んでくるなら尚更。だからこそ慎重になってほしい。私たちの人生にもう後はないのだから」


 松杉は私の問いに対して、濁すことなくそう言った。


「どちらにせよ、優大さんがいるチームのもとへ行かせほしいの。顔見知りがいるのなら、佳那の能力で移動する事ができるんだよね?」


 そう問い詰めると、


「……正直に話すと、雨海さんは須々木さんと同様のワープホールを用いてこの世界にやってきた。つまり、須々木さんのいたチームに初めはいたんだ。だけど、そのチームの一人がまだ意識のない雨海さんと共にここへやってきて、須々木さんが死んだことや、その経緯などを口にした。そして、去り際にこう言い残したんだ。『何があっても、その女性を守ってくれ』と。

 確かに佳那の能力で、須々木さんがいるチームのもとへは行ける。だけど、もし本当に須々木さんが生きているのだとしたら、自分は死んだと偽って雨海さんをこの場所へ運び、距離を置くことに賛同したことにはならないかな」


松杉は、いたって冷静にそう言い放った。


「そんなはずない! 優大さんは亡くなる直前に、私と一緒に生きていたかったと口にしていたから」


「じゃぁ、今はそれを叶えるために頑張っているのかもしれないね。だから、今は待ってみない?」


 何をどう頑張っているのか。私を遠ざける必要があったのか。優大さんの考えていることは私にはわからない。今までだってそうだった。そして結局、その答えは決まって他者からの言伝だった。間接的に知り、優大さんの行動に対して一切の干渉をすることができなかった。


 守ってもらいたいんじゃない。疲弊していく優大さんの姿を、見つめているだけの私じゃ嫌なんだ。だめなんだよ。


「もう頑張ってほしくない。だけど、その思いが届かないのならせめて、一緒に頑張りたい。だから、ここでただ待つなんて、私にはどうしてもできないよ。これ以上、後悔を重ねたくはないから」


「だけど……」


「あいりん。ここは狭間世界。後悔を果たすための世界だよ。手が届く距離にあるのなら挑戦するべきだと私は思うな」


 佳那は穏やかな表情でそう言った。


「……うん。そうだね。その通りだ」


 松杉は悲しげな表情で小さく頷くと、私の方を見つめた。


「須々木さんがいるチームのもとへ行くことを許可します。だけど、そのチームはこことは違い日々敵と戦っている。だから、能力の扱いが不十分な状態では行かせられない。能力が体に馴染むまでは、ここに滞在してもらいます。異論は認めません」


「どれくらいかかるの?」


「十日で仕上げる。どう?」


「ありがとう。よろしくお願いします」


 そう言うと、私は再び深々と頭を下げた。


「あつあつ!! よかったねぇ!!」


 佳那は甲高い声で喜びを露わにした。


「あつあつ?」


「敦子だから、あつあつ!」


 佳那は胸を張りながら、どや顔でそう言った。


「……まぁ、うん。そのうち慣れるよ。それよりさ、時間は有限だ。さっそく取り掛かろう。はっきり言って過酷だけど、大丈夫そう?」


「もちろん」


 そう言って私は、拳を強く握った。

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