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雨海敦子32.ごめんな

 その後も施設の中を案内され、一通り見終わったところで最初の部屋に戻ることとなった。この部屋は六畳くらいで、合計三つのベッドが置かれている。おそらく、松杉、鈴間、佳那がそれぞれ使用しているものだろう。


 私は中央のベッドを背もたれにして座り込むと、天井を眺めた。


 遠い。遠いよ。私の、私たちの願いは、そんなに難しいことなの?


 嘆いたって何も変わらない。感傷に浸ったって仕方がない。わかっている。わかってはいるのだが、沈んでいく気持ちを留めることはできなかった。





「体ビキビキになっちゃうよー。寝ちゃってる? 私の力だけで行けるかな? うんしょ!!」


 いつの間にか眠っていたようだ。佳那の声が聞こえた気がして、目を開けると佳那の踏ん張っている顔が視界全体を覆った。どうやら持ち上げようとしてくれているのだろうが、私の体は微動だにしていなかった。


「あっ!!! 起こしちゃった? ごめんごめん!!」


 佳那は満面の笑みで私を解放すると、そう言った。


「私さー、昔から力ないんだよね。握力測定とかさ、本気出しても十キロくらいしかいかないの。やばくなーい?」



「無理してない?」


相変わらず表情一つ変えない佳那に対して、私は佳那を見据えると、そう問いかけてみた。


「……なにがー? 私はいつもこんなんだからさー」


 私の問いかけに対して、時が止まったかのように佳那は数秒固まっていたが、再び動きだした時にはいつもの佳那に戻っていた。


「テンション、しぐさ、表情。すべてにおいて。無理してそうだったから」


「だから、これが私だよー。無理なんか——」


「私はね、無理してたんだ。それも、随分と長い間」


 私は、佳那の言葉を遮ると話を続けた。


「そうするしか他に方法がなかった。そうでもして、偽りの仮面をつけて自分を殺し、演じないと押し潰されそうだったから。そして気が付けば、偽りの自分が定着してしまい、仮面を外すのが怖くなってしまった。仮面の裏では、まるでこの世のすべての負を背負いこんでいるような悲痛な表情しか作れなくなっていたのに」


「な、なにを言っているのかさっぱりだよー」


戸惑いを隠せずにいる佳那は、私に視線を合わせようとはしなかった。 


「私にはさ、佳那のすべてをわかってあげることはできない。すべてを理解することもできない。だけど、話を聞くことはできる。受け止めることはできるよ」



「無理はしてない。これがほんとだよ。これが私のなりたい姿。理想の姿。何もかも自由になれたんだし、やりたいことをやれている。だから今が幸せなの」


「狭間世界は後悔を力に変えて、果たすための世界なんだよね? 幸せになったんだったら、どうして佳那はまだ狭間世界にいるの? 世界を守りたいから? それとも、後悔がまだ果たせてないのかな?」


「今の狭間世界では後悔を果たしたところで、何も変わりはしない。天国には行けないし、生まれ変わりもできない。地獄にも行けないんだ。ここにいるしかないんだよ」


「今が幸せなんだったら、後悔とか気にせず狭間世界で生きていたいって言ってくると思ったのに。本当に今が幸せなのかな?」


「幸せだって言ってんじゃん!!」


 佳那は俯くとそう声を張り上げた。


「言葉にすれば、現実になるなんて妄想を信じているくちかな? 自分に言い聞かせているだけとしか思えないし、そんな事したって何も変わらないよ。その証拠に、私の目には佳那が『辛い』と叫んでいるようにしか見えないから」


「しつこいんだよ!!」


 佳那は勢いよく私に近づくと、胸ぐらを掴んで持ち上げて見せた。


「私は今が幸せなんだ!! 私は間違っていない。自由に、なりたい自分になれたんだ!!」


 毛穴が見えるくらいの至近距離で、佳那はそう大声を上げた。にこやかな表情しか浮かべていなかった佳那は、いつの間にかいなくなっていた。


「私のこと、持ち上げられたんじゃん。体重増えたのかと思って、ちょっとショックだったから、よかったよ」


「ふざけないでよ!!!」


「……仮面、剥がせたかな?」


 私がそう呟くと、佳那は私を突き放すように解放した。数秒俯いていたが、再び上げた顔にも笑顔は張り付いていなかった。


「……久しぶりに怒鳴った。現世で父親に向けて以来かな」


「その父親ってさ、もしかして黒崎慎介さんだったりしないかな?」


「……なんで? 知ってるの!?」


 佳那は目を見開くと、声を大にしてそう言った。


「やっぱりそうだ。黒崎さんの言う通り目元がそっくりだったし、身長も私と同じくらいだったし。聞いていた印象とは真逆だったから、確証はなかったけど。奇跡ってあるんだね」


 そう言うと、佳那の表情は途端に暗くなった。


「私のこと、ボロクソ言ってたでしょ?」


「いや、無口だったし自分の事は話してくれなかったから。でも、間違いなく現実世界で一番お世話になった人だよ」


「無口? そんなはずないよ。あいつは、顔合わせる度にガミガミうるさかったんだから。人の気も知らずに自分勝手に言葉をぶつけてきた。言うだけなら簡単なんだよ。それで解決するなら人格を捻じ曲げる必要なんてなかったんだから」


「ごめんな」


「……急になに?」


「黒崎さんね、私が死ぬ直前に言ったんだ。身長が同じくらいで、目元が私に似たぶっきらぼうで可愛げのない女にもし会う事があれば伝えてほしいって。確かに伝えたからね」


「……今更なによ! 現世では一度でも謝ってこなかったくせに。あいつの言葉で私がどれだけ苦しんだのか知らないくせに!

 物心ついた時から、あれやりなさい、これやりなさいって口うるさく言ってきた。やらないと怖い顔をしてくるから、仕方なく従っていた。だけど、とても息苦しかった。窮屈だった。思春期になった頃に、ついに堪えられなくなって反抗してやった。髪を染めて、ピアスを開けて、夜遊びだってしてやった。おかげで、あいつは一層うるさくなったけど、明るく振る舞ったことで新しい友達ができた。自分に自信が持てるようになった。

 調子に乗った私は今までの反動もあってか、より一層やりたいことをやりたいだけやるようになった。最高の気分だった。自由になれた。息苦しくて辛かっただけのあの頃とは違う。私のしている行動は間違っていない。信じて疑わなかった。まぁ、結局夜遊びで知り合ったやくざの男にダルがらみされた挙句、抵抗したせいで殺されちゃったんだけどね」



「自分の考えだけで好き放題行動できるのは、一見自由だし最高だと思えるけど、やりたい事のやり方がそもそも間違っていたり、選択した手段が誤りで結果的に不自由へと追いつめられることになったりもする。つまり、一人だけで考えて行動するには限度があるんだ。だけど、経験も知識もないんだから、そんな結果論はいざ直面してみないとわからない。己の選んだその先に望む世界があるのだと信じて疑わず駒を進め続けて、いつの間にか身動きが取れなくなっている。そこでやっと気づくんだ。自由を追い求めたはずなのに、私はいつからこんなにも不自由になったのだろうって。

 大人にがみがみ言われて生きるのは、窮屈だしうざいしむかつくし、不自由だし。最悪な気分なのかもしれない。私はお前たちの示した道通りに歩まないぞなんて、対抗心を持つのはきっと当然なんだと思う。だけど、そんな思いを胸に大人たちの言葉を踏み台にして自身が大人になった頃には、物事の良し悪しを判断し、取捨選択ができるようになっている。先を見据えて、行動することができるようになる。そして最終的に自分なりの自由をつかみ取ることができるんだと思う。もちろん例外はある。人生なんて思ったとおりには当然行かないと思うから。

 私はね、ないものねだりなのかもしれないけれど、たくさん叱られてみたかった。きっと、そこには愛があるのだろうから。怒られて落ち込んだり、イラついたり。時には反抗したりするけど最終的に仲直りして。そんなことを繰り返して、ひとり立ちした時に言ってみたかった。育ててくれてありがとうって。

 両親は私に虐待を繰り返した。夜の仕事を無理やりやらせて、生き方なんてろくに教えてはくれなかった。辛かった。憎かった。なんで私なんか産んだんだ。そう何度も思った。だけどさ、産んでくれたおかげで、嬉しい、楽しい、幸せな思いも経験することができた。それは紛れもない事実なんだ。だから今は感謝してる。こんな私を生んでくれてありがとうって。

 ……ごめん。自分語りした挙句、話に収集がつかなくなっちゃった。つまりさ——」


「わかっているんだ、本当は全部」


 佳那は私の言葉を遮ると、話を続けた。


「私の将来のためを思っての言動だったこと。その思いを踏みにじり、身勝手に死んだこと。最低な親不孝だ。わかっているんだけどさ、父さんの事を悪く言わないと、私の選択した道が正しいと思い込まないとさ、色々保てなくなる。父さんのことを思い返せば返すほど、後悔で押しつぶされそうになるんだよ」


 顔をくしゃくしゃにしながら、佳那はそう語ってくれた。


「そっか。そうだったんだね」


 私は佳那に近づくと、優しく包み込んだ。


「謝るのは私の方なのに。私が悪かったのに!!」


 佳那はそう言うと、声を上げて泣き始めた。私はただ、背中をさすってあげることしかできなかった。

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