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雨海敦子31.そんなはずない

「——という能力です」


 どこからともなく声が聞こえてきた。生じた違和感を一度胸の内にしまい込み、瞼を開けると見知らぬ天井が視界を支配した。何度似たような経験をしたのかは、もう覚えていないが大きく違っている点が一つ。体が異常に重たい事。誰からも押さえつけられているわけではないはずなのに、ピクリとも動かない。

 ……あれ? そもそも私は死んだはず。それなのに意識が戻るということは、そうか。やっぱりそうだ。青い文字の不思議な力。現実世界ではありえない力。それらを当たり前とする別の世界が存在していたんだ。


「気が付いたかな?」


 どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。


「ほんと!?」


 先程とは別の女性の声が聞こえてきたかと思うと、私の視界に一人の女性が入り込んできた。


「多分まだしゃべられないもんね。先に全部話すよ。終わった頃には、少ししゃべられるようになっているかもしれないしね」


 女性は私が横になっているベッドに腰掛けると、目を見ながら語りだした。


 狭間世界という、後悔が能力へと変化する世界にいること。青い文字は現実世界で選ばれた人間が能力を発現させた証であるということ。現在は地獄の人間との戦争中であり、負ければ現実世界を含めた地獄以外のすべての世界が消滅してしまうということなど、情報量はとにかくもの凄かった。想像以上の突拍子のない内容にもちろん頭はついてこなかった。しかし、これだけはどうしても確認しておきたかった。


「ずずぎゆゔだいざんを、じりまぜんが」


 声はまだ十分に出なかったが、女性の驚いた表情から察するに伝わっていることは明白だった。そして反応から察するに、この女性は優大さんの事を知っている。胸の鼓動が途端に早くなるのを感じた。


 会える。会える、会えるんだ!!!



「……死んだよ、須々木さんは」


 私の期待とは裏腹に、少々顔をしかめながら女性はそう言った。


 ……は? 


 死んだ?????


 ……いや、そんなはずない。そんなはずはないのだ。


「須々木さんの能力は、最も大切な夢を叶えるまでは死なないというもの。不死身ではあるけれど、それが能力の発動によるものである以上、永遠にとはいかない。一定時間経過すれば、発動回数は回復する場合が多いけど、それ以上に能力を使用して発動回数の限界を超過してしまえば、死んでしまうんだ」


 能力については説明されたところでまだよくわからないが、おそらく筋は通っているのだろう。しかし、当然腑に落ちる事はなかった。


「死んだどころは直接確認じだの?」


「いや、須々木さんは別のチームに入っていたから会った事すらないよ。でも、そのチームのメンバーとは知り合いだから、会った時に教えてもらったんだ」


「いつ亡くなっだの」


「正確にはわからないけれど、ほんの数日前であることは間違いないと思う」


 私以外の人間が聞けば、もしかしたら納得していたかもしれない。しかし、私だからこそわかることがある。この女性の言っていることは嘘であると。本当の情報を織り交ぜているのだろうから、より信憑性が高く感じるが、根本的な部分が矛盾しているのだから。


 運命の人と生死をともにする。


 私が現実世界で見た青い文字。間違いなく私の能力の一つだ。つまり、優大さんが死んだのだとすれば、私も死んでいないとおかしいのだ。


 私がこの世界に来て間もないから、まだ能力が適応されていない。その線も十分に考えられる。現に現実世界で優大さんが亡くなったであろうタイミングでは、私は死んでいなかったのだから。この能力には少々タイムラグがあるのかもしれない。しかし、それを差し引いたとしても数日は誤差がありすぎる。つまり、優大さんはこの世界のどこかで今も生きている。間違いない。



「びっくりするような話ばかりしちゃってごめんね。時間置いてまた話そうか。その時にうちのメンバーたちも紹介するね」


 女性はそう言うと、視界から消えていった。


 その後は、しばらくは目をつぶり、身体を休めることに専念した。誰がどういう理由で優大さんが死んでいることにしたいのか定かではないが、少なくともここに長居はできないから。少しでも万全な状態でないと、この先はやっていけないだろうから。



「話はもう終わったのかな? よろしく! ねぇ! 大丈夫?」


 さっきとは違う女性の声色が聞こえて目を開けると、制服を着た茶髪の女性がにこやかな表情でこちらを見つめていた。


「……あぁ、うん」


「テンション低くなーい? もっと上げてこうよ! うぇーい!」


 制服を着た女性はそう言うと、右手の拳を私の顔に近づけてきた。


 私は何もせず、ただ制服を着た女性を見つめた。


「あぁそっか! 自己紹介がまだだったね! 私は佳那! 十七の時に死んだから、私こそが生きる永遠の十七歳! どう? キャッチフレーズとしてかっこよくない?」


 佳那はウインクをしながらピースを作り、元気よくそう言った。


 私は重たい体に鞭をうち、なんとか立ち上がると佳那の隣に並んだ。背丈は同じくらいだった。


「おっ? 大丈夫なの?」


 佳那は少々困惑しつつも、表情を一切崩しはしなかった。


「ねぇ、もしかして——」


「もう体は大丈夫なのかな?」


 私が言いかけたその時、先程狭間世界について説明をしてくれた女性が顔をのぞかせた。


「あっ! あいりん! 今ねー、私の自己紹介が終わったとこ!」


 佳那は満面の笑みで、身体をくねらせながらそう言った。


「じゃぁとりあえず私も。松杉愛理です。一応ここを管理しています。よろしくね」


 松杉は微笑むと、私に向かって会釈した。


「私は——」


「ここにはもう一人いるの。どうせなら自己紹介は一回だけの方が楽だよね。案内するから着いてきてよ」


 松杉は再度私の言葉を遮ると、手招きをしてそう言った。

 

 私は言われた通り、松杉の後を着いていくことにした。部屋を出て、細くて短い廊下を左に曲がると、そこには先ほどの部屋とは比べ物にならないくらい大きな広間が広がっていた。ベッドが二十台くらい等間隔で置かれており、それらすべてに人間が横たわっている。


「……あっ」


 左奥のベッドの横で横たわっている人間に両手を向けながら、なにやらぶつぶつしゃべっていた小学生くらいの背丈の女の子は、私たちの存在に気が付くと途端にしゃがみ込んで視界から姿を消した。


「おーい! りんりん! 自己紹介! そこからでいいからさぁ!!」


 佳那は両手をぶんぶん振りながら、隠れた女の子に対して声を張ってそう言った。


 女の子は佳那の言葉に答えるように顔をちらつかせたが、すぐにまた隠れてしまった。


「あの子は鈴間凛。見ての通り人見知りなの。あれでも頑張った方だからさ、許してあげてよ」


 松杉は申し訳なさそうに手のひらを重ねながらそう言った。


「さて、じゃぁあなたのことを教えてもらってもいいかな。名前と、能力について」


 松杉は途端に真顔になると、私の方を見てそう続けた。


 松杉や佳那は、現実世界や狭間世界の人間からすれば味方であるのだろう。しかし、それがイコール私の味方でもあるとは言い切れない。やはり、優大さんの死について嘘をつかれていることが引っかかるからだ。


「雨海敦子。能力は死んでも生き返る。青い文字にはそう書かれていた」


 私は敢えて正確な能力内容を伏せたうえ、偽る事にした。優大さんが生きている限り、死んでも生き返るのは事実。完全に間違ってはいない情報ではある。変に勘付かれることもないだろう。


「不死身……」


 松杉は目を丸くしながら、そう呟いたかと思うと


「その能力の発現はいつからだったのかな! 狭間世界に来た時? それとも須々木さんに出会った時!?」


私に顔を近づけながら、勢いよく質問を投げかけてきた。


 おそらく、警察に拳銃で撃たれて意識を失う直前だろう。青い文字は視認することができなかったが、もう少し意識を保っていたら見えていたかもしれないから。それに、あの状況で生きているなんて、能力以外ではありえないのだから。しかし、能力の発現のタイミングがそんなにも重要なことなのだろうか。


 私は数秒考え、そしてある違和感に気が付くことができた。


 青い文字は、現実世界で選ばれた人間が能力を発現させた証であると松杉は言っていた。もしそれが本当であるならば、『青い文字にそう書かれていた』と私が口にした時点で現実世界で能力が発現したことは明白。つまり、能力の発現は狭間世界に来た時なのかなんて確認する必要がないのだ。

 

 おかしい。何かを隠していることは明白だった。


「何か隠してない?」


 敢えて包み隠さずにそう言って松杉を一点に見つめると、松杉は私から視線を外して佳那の方を見た。佳那は表情一つ変えず、相変わらずにこやかだったが、松杉は再度私の方を見ると口を開いた。


「ごめん。隠していたつもりではなかったんだけど、前例がないことだったから気になっちゃってさ」


「どういうこと?」


 私がそう聞き返すと、松杉は静かに口を開いた。


 私は誰からも選ばれていないのに、選ばれた人間のみが使用できるワープホールから狭間世界へやってきたこと。仮に能力が現実世界にいた時点で使えたのだとすれば、優大さんとの関わりによって能力が発現した可能性が高いため、その原因を究明して現存している選ばれた現実世界の人間たちに情報を共有することによって、戦力強化を図りたかった。要約するとこのような内容の話を、松杉は小難しく語っていた。佳那は何をするわけでもなく、その話をにこやかな表情でただ聞いていた。


 私は松杉が話し終えるタイミングを見計らって、口を開いた。



「私は死ぬ間際に青い文字を見ただけ。優大さんとの関係において、何がトリガーだったかなんてわかりはしない」


 少し冷たい口調でそう言ったからか、松杉は途端に顔を曇らせると俯いた。


「まぁさー、わかんないもんはしょうがないよね。もしかしたら、ここで過ごすうちに何か手がかりが掴めるかもしれないし!」


 佳那は、そんな松杉の背中をばしばしと叩くと声高らかにそう言った。


「あっ! それよりさ、この建物と私たちの役割についてはまだ説明してないんじゃない? ってことで、後はあいりんよろしく!」


「新規?」


「そうっぽい。でも今満床だし、これ以上は無理だね。残念だけど、返してくるよ」


「うん。いつもごめんね」


「大丈夫!」


 佳那は、松杉と言葉を交わすと部屋を飛び出して行った。


「……じゃぁ、説明するね!」


 松杉は、先程の暗いテンションを払拭するかのように声を上げると再び口を開いた。


「この建物は簡単に言えば、病院みたいなものなんだ。佳那の能力は、面識のある人間と佳那自身それぞれのもとへ対象物を自由に行き来できるようにさせる能力。この能力を使って、戦闘によって負傷した人たちが私たちのもとへと送られてくるようになっているの。

 そして、運ばれてきた人たちを治療するのが凛。凛は、怪我を治すという能力。今は見ての通り、二十人を満遍なく治療してもらってる。能力の使用には限度があるから、現状はこの状態がベストだね。今まで何十人、いや何百人と復帰させているんだから、本当に頭が上がらないよ。

 そして、この建物を守るのが私。私は対象物に対してバリアを張れる能力なの。敵の攻撃を通さないバリアとか、外部の人間からは視認出来ないバリアとか。イメージできるバリアなら何でも張れちゃう意外と便利な能力なんだ。他のチームにも提供したりしててさ、結構評判いいんだよ? ってそんなことはどうでもよくて。とりあえず、一通り話してみたけど、何か他に聞きたいことはある?」


「私はこれからどうなるの?」


 話を聞いた限りだと、狭間世界は荒野が広がっているだけ。仮に私がここを脱走したとしても、優大さんを見つけ出すなんて無謀にもほどがある。今は松杉たちに従うしか他ないだろう。


「ここにしばらくいてもらうかな。不死身の能力なんて、どこのチームでも喉から手が出るほどほしい戦力だろうけど、今は能力が発現したきっかけについての情報収集の方が大切だからね」


 松杉はそう言うと、ほほ笑んだ。


 どれだけ時間が経っても、わからないと思うけど。


 そんな考えは胸の内にしまい込み、


「わかった。よろしく」


そう言って私も、ほほ笑んで見せた。

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