須々木優大27.なんなりと
「だぁーかぁーらぁ!! いっつも言ってんでしょうが!! クソバカ一哉!!」
崎野さんたちと合流した僕と一哉だったが、早々に地べたへの正座を強いられた。今は崎野さんが唾を飛ばす勢いで、一哉を叱りつけているところだ。
「勝ったからいいじゃねぇか。それより、俺もう体力尽きてんのよ。ちょっと休ませてくれや」
「今回もたまたま上手くいっただけでしょ? 敵がモーション無しで鉄を投げる事ができていたら、死んでいてもおかしくない状況だった。
それにあんた! ちゃんと止めなさいよね! あんたが身を挺して守っていかないと連携もクソもなくなるんだからね!」
だるそうにしている一哉から、今度は僕に的が移ったようだ。僕はため息をつくと口を開いた。
「僕は何度も声を出して止めたんだ。走っても一哉との距離は縮まらなかった。他にどうしろっていうんだよ」
戦闘経験が豊富であろう崎野さんの言っている事は——
「ねぇ、崎野さんってやめて」
先程の興奮状態とは打って変わって、声のトーンを落としながら崎野さんはそう言った。
「……今回の反省会はこれで終わりにするから。嫌ってもいい。何でもいいから崎野さんはもうやめて。お願い」
そう言い背中を向けると、一人家の中へと入っていった。
僕は今、崎野さんとは一言も発していない。おそらく、僕の思考中に生じた『崎野さん』という言葉が癇に障ったのだろう。過去に何かあったのだろうか。そういえば、ミラーも一哉も『崎野さん』ではなく『由美』、もしくは『由美さん』と呼んでいた気がする。
「ふへぇ、助かったぜ」
一哉は正座を崩すと、その場に寝転がった。
「お疲れさまでした。今日のところはゆっくり休みましょう」
ミラーはそう言うと、僕と一哉に手を指し伸ばしてきた。
「じゃぁー先に休ませてもらうわ」
一哉はミラーの手を取り立ち上がると、家の中へと姿を消していった。
「魔罪人の七人って、そんなに強いのか?」
僕は指し伸ばしているミラーの手などお構いなしに立ち上がると、質問を投げかけた。
「えぇ。強いですよ。それはもう、とんでもなく」
先程僕が必要なのか一哉に問うた際、同じ事を言われた。しかし、殺傷能力が高い一哉、敵の動きを封じるミラー、心を読んで情報収集を行う崎野さん。完璧な布陣じゃないか。先程は一哉の自由奔放さが目立ちはしたものの、蓋を開ければ完封勝利。隙などないように感じるのは、僕だけではないだろう。
「たとえどんなに強くても、今のお前たちだって十分強いじゃないか。死なないだけの僕が増えたところで、何も変わりはしないんじゃないのか。現にさっきの戦闘なんて、何もできなかったわけだし」
「先程の敵の強さを一とした場合、魔罪人の強さは百万程度といったところでしょうか。私たち三人だけでは、奇跡が起きても歯が立ちません。優大さんが加わったところで、その事実はおそらく揺らがないでしょう」
は?
お前は戦況を有利へと導くために、僕を狭間世界へと誘ったと言っていたではないか。
「ふざけた事言ってん——」
「私たちは、いわば踏み台です」
胸ぐらを掴もうと近づいた僕に対して、ミラーは無表情のままそう言った。
「……踏み台?」
言っている意味が理解できなかった。どういうことだろうか。
「理由はわかりませんが、敵のほとんどは一人で行動しています。魔罪人も例外ではありません。すなわち、数でごり押せば勝てる確率は高くなるということです。ですから、立ち向かっている狭間の人間のほとんどは、集団で行動しているのが現状です。
私たち三人も、当初は何十人ものメンバーがいる中で戦っていましたが、やがて脱退し、その後も何度か別のチームに加入させてもらったものの、長続きはしませんでした。
三人だけでいることが当たり前となっても、私たちは戦い続けました。今となっては、三人でいる時間の方が長いくらいです。ですので、今更人員を増やして戦力アップなんてことは考えていません。つまり、どうしたって相手できる敵の強さには限度があるのです」
「じゃぁどうして僕をここにとどめておくんだ? 人員を増やしたくないのなら、別のところに飛ばせばいいじゃないか。矛盾している」
「私の独断で決めさせてもらった事なのですが、今は理由を伏せさせてください。
ですが、大丈夫です。そう遠くない未来で、優大さんは他のチームのもとへ移動してもらう予定です。狭間世界に慣れて、能力を存分に発揮できるようになるまで支援する事が私たちの役目。他のチームに移動してからが本番ですから。あっ、他へ移動することは二人には言っていませんので、内密にお願いします」
そう言うと、ミラーは小さく微笑んだ。
どうせ崎野さんに心を読まれているだろうに、何を言っているのだろうか。まぁ、何はともあれ訳ありなようだ。しかし、これ以上深入りする必要性はないだろう。僕にとって、戦う場所はどこだって構わないのだから。
僕は強張った体を解放させると、家の扉へと向かった。
「あぁ、それとですね。由美さんは、崎野さんと言われる事を良く思っていません。もしよろしければ、他の呼び方で接していただけると幸いです」
背後から、ミラーの声が聞こえてきた。僕は返事もせずにそのままドアノブに手をかけると、扉を開けた。
中には、ソファに腰掛けた崎野さんとベッドに横たわっている一哉の姿があった。
「優大、すまん。もうちょい横になっててもいいか?」
一哉は僕に目線を合わせると、申し訳なさそうに手のひらを重ねてきた。
「大丈夫。僕はその辺に座るから」
薄汚れて茶色く変色している壁に腰掛けようと、歩きだしたその時だった。予想以上に疲弊していたのか、唐突に眩暈が生じて僕はその場に倒れ込んだ。
「あんた大丈夫!?」
真っ先に僕の傍に来てくれたのは、崎野さんだった。
「最近調子悪いんだけど、一応応急カプセルっていうのが奥の部屋にあるの。致命傷じゃない限り、中に入れば体力も傷も癒してくれる。連れてくから安心して!」
眉をひそめながらも、口角を挙げながら僕にそう声をかけてくれた。
「大丈夫。ちょっと眩暈がしただけだから」
「いいから。だまって従え、バカ」
そう言い僕を抱え込み何とか立たせると、部屋へと引きずるように動き出した。
「一哉は動かないで。次はあんたの番だから」
手伝ってくれようとしたのか、一哉が起き上がった様子が横目から見てとれたが、崎野さんのその言葉で動きを止めた。
「俺は大丈夫って言ってんだろ?」
「うるさい。調子乗んな」
「へいへい」
一哉は拗ねるように横たわると、毛布をかけて僕たちに背中を向けた。
「もうちょっとだから。辛抱して」
殺風景な部屋の隅には、棺桶のような無機質の物体が存在感を放っていた。
眩暈は治まった。体も特段別状はない。応急カプセルの調子が悪いのであれば、今の僕が使用するのは得策ではないだろう。それに、少々試したい事がある。
「ちょっと待って! 痛い。痛いわ。少し横にならせて」
少し大げさに、僕はそう声を張り上げた。
「えっ!? 大丈夫!?」
崎野さんは立ち止まると、すぐにその場で膝枕を作り寝かせてくれた。
「な、何が大丈夫よ! 調子乗るからそうなるのよ!」
しかめっ面の崎野さんだが、どこか焦っているようにも感じる。
痛いのは嘘。崎野さん聞こえていたら、返事して。
崎野さんの顔を見つめながら、そう心の中で呟いてみた。しかし、崎野さんは表情を変えずに僕を横目でちらちらと見てくるだけだった。
なるほど。心を読むのも、もちろん能力なわけだから常時発動しているわけではないみたいだ。発動基準は未だによくわからないが。
僕は身体を起こすと、崎野さんを一点に見つめた。そして、先程から思っている事をあえて口に出してみることにした。
「言葉を選んで発言しようとすればするほど、上手くいかないタイプでしょ」
崎野さんは、起き上がった僕を見て何か言いたそうにしていたが、僕のその言葉で途端に真顔になると
「そんな事わかってる。だけど、胸糞悪いけどそれが私なんだ。嫌われるのは慣れているから、好きにすればいい。だけど、二人の邪魔だけはしないで。お願い」
僕を見つめて、力強く言い放った。
胸糞悪い私。嫌われるのに慣れた環境。そして、心を読む能力。崎野さんはおそらく、人間関係について何か後悔をしたのだろうか。
「たしかに、一般的には勘違いされやすい性格かもね」
「……勘違い?」
僕の言葉がひっかかったのか、少し間が空いた後、崎野さんはそう小さく問い返してきた。
「言葉や態度がとげとげしいから、他者は嫌われているのかなと思ったり、その言動にむかついたり。そして、そのうち拒絶する。今までそういう経験があったから、嫌われるのに慣れているなんて口にしたんでしょ?」
「それが普通だよ。勘違いでも何でもない」
「ただシンプルに嫌われるような事をしているのだとすれば、弁解の余地はないけれど崎野さんは違う。言葉とは裏腹に、行動には他者への思いが滲み出ていたから」
「……会って間もないあんたが、何知ったような口聞いてるの? それとも、口説こうなんて魂胆なわけ?」
「あぁ、ごめん。そういうわけじゃないんだ。その、なんて言えばいいのかな。つまりは、それだけでは、さき……由美さんを嫌う理由にはならないってだけ。疑うなら、可能な限り心を読めばいい。それで——」
「あんたは私を嫌うよ。表面では取り繕ったとしても、陰ではどうせ疎ましく思う。誰だってそうだったんだから」
崎野さんは、僕の言葉を遮ると顔をしかめてそう言った。
「あいつや一哉はどうなんだ? 二人は由美さんを嫌ってるの?」
「違う!! ミラーは、こんな私を今でも受け入れてくれてるし、一哉は……」
そこまで言うと、崎野さんは目線を下へと追いやった。
「とりあえず、全員が由美さんを嫌いになるわけじゃないってことだ」
目線を下へと向けたまま黙っている崎野さんに対して、僕は話を続けた。
「さっきも言ったけど、現状僕には由美さんを嫌う理由がない。だから、戦友としてこれから関わらせていただこうと思うんだけど、いいかな?」
「現世では、こんな性格のせいでさんざん陰口を言われた。それは狭間世界に来てからも変わりはしなかった。むしろ心が読めるから、不気味がられて狭間世界に来てからの方が居心地が悪かった。最初は普通に接してくれていた人たちも、どんどん私を避けるようになり、陰口の輪に入っていった。
もちろん努力はしたんだ。だけど、私なりに考えて行動してみても、新しい問題が浮き彫りになるだけ。結局私は私。何も変わらない。変えられなかった。
何と思ってくれようが勝手だけど、これから先、むかつく事をたくさんしてしまう。もしも時が流れるにつれて、やっぱり無理だと感じたらその時は面と向かって言ってほしい。お願いしてもいい?」
崎野さんは、目線を僕に移すと真剣な眼差しでそう言った。
「じゃぁ、さっそく一ついいかな」
「……うん」
そう言いながら、小さく頷き視線を逸らした崎野さんに対して僕は再び口を開いた。
「疲れたら、疲れたって言うようにして」
「あ……え?」
思ってもみない発言だったのか、目を丸くしながらしばらく呆気にとられていたが、徐々に口角が上がると
「なにそれ、意味わかんないよ」
と言い小さく笑った。
「面と向かって言えって言ったのはそっちでしょ? 可能な限り守っていただければ。もちろん、僕に要望がある時も包み隠さず頼む」
そう言い、軽く会釈すると
「変わってるね」
そう言って崎野さんは優しく微笑んだ。
「そりゃどうも」
「あー、なんか話してると疲れたわ。優大、身体揉んでよ」
崎野さんは立ち上がり、背伸びをすると表情を変えずにそう言った。
その様子を見て、思わず上がった口角に驚きつつ、崎野さんには気づかれないように戻すと
「なんなりと」
そう言って僕も静かに立ち上がった。




