須々木優大25.わかってるよ
「この世界は何もないくせして、無駄に広いんだ。話だと地球一個半はあるらしいぜ。だからこそ、何もないこの世界に物体を具現化できる能力は重宝されてるんだ。あの家やバリアだって、能力によって作られたものなんだぜ?
でも、能力が無限に使えるかって言われるとそうじゃなくて、使い続けると身体が疲弊していき、いずれ使えなくなって死に至る。その塩梅を見極められずに死んでいく奴らもいるくらいだ。ややこしいし、面倒くさいよな。あとよ、狭間世界だと腹は空かないんだぜ? 言語の壁だって存在しない。不思議だろ?」
先程から一哉が永遠に語りかけてくる。新しい情報をくれるのは助かるのだが、ミラーや崎野さんの様子から判断するに、談笑をしている場合ではないのは明白だった。もちろん僕だって自覚している。これから見知らぬ誰かと殺し合いをするのだから、悠長にはしていられない。
崎野さんと一哉の関係であれば、間違いなく崎野さんが一哉を咎めてくるのだろうと踏んでいたのだが、気にも留めずにもくもくと歩みを進めている。能力を使うことに集中しているのだろうか。
「いた、一人」
しばらくして、崎野さんは立ち止まると静かにそう言った。
「距離は?」
「ぎりぎりの範囲だから二キロくらい」
「では、ここを拠点としましょう」
ミラーはそう言うと、目を閉じ胸の前で手のひらを重ねた。
「家紋横断」
そう唱えたかと思うと、突然目の前が見覚えのあるバリアに覆われた。振り返ると、見覚えのある家が佇んでいた。
「どういうことだ?」
もといた場所に戻ったのだろうか?
「バリアを含めたこの範囲内にいる限りは、外部の人間に視認されることはありません。このバリアを駆使して我々は、長きにわたり強力な地獄の人間たちと渡り合ってきたのです」
「お前の能力は、動きを封じるものだとさっき言っていたじゃないか」
「確かに私の能力は、存在している事象の動きを封じるというものです。ですので、家紋横断の能力は私の能力ではありません。しかし、想像物を具現化できる能力と、権限を他者に移し替える事ができる能力の二つを組み合わせる事で、私でも自由に発動できるようになっているのです」
……難しい。
顔をしかめながら、ミラーの言った言葉を頭の中で復唱していると
「要は想像で生み出されたこのバリアと家の所有権をミラーに移し変えてもらった事で、自由自在に扱えるようになったって事。いい? 一旦この話はおしまいにして」
戦況に関係のない話をされて気が立ったのか、崎野さんは早口でそう言うと再度口を閉じた。
しかし、おかげで多少理解する事ができた。物を創造する力、権限を移し替える力。それらを駆使してこのバリアと家を活用できているのだとすれば、二つの強力な能力の持ち主は味方という事になる。こんなに強力な能力を持ってしても、勝ちあぐねてしまう地獄の人間たちの強さを再認識しつつ、その時が来るのを僕は固唾を呑んで見守った。
数分経過し、砂埃が舞っているせいで視認しづらいが、人影がうっすらと確認できる距離まで敵との距離が縮まっていた。崎野さんは、以前黙ったまま敵がいる方向を一点に見つめている。おそらく、心を読みながら情報の収集をしてくれているのだろう。ミラーも一哉も、先程から一言も発していない。辺り一帯の静けさが、余計に僕の鼓動を早くする。
先程は威勢を張ったが、上手くやれるのだろうか。敵の攻撃を受けつつ、爆弾を設置。ミスれば殺される。僕は問題ないが、三人は別だ。
失敗は許されない。僕だけが生き残ったところで何もできやしないのだから、必ず成功させないといけない。
それに、今更であるが今から僕たちは人殺しをするのだ。たとえ戦わないとこちらが殺される状況なのだとしても、多少なりとも抵抗があると感じるのは僕だけだろうか。
「身勝手でいてください」
ミラーのその言葉で我に返った。思わずミラーの方を向くと、優しく微笑んで再び口を開いた。
「後悔を果たすために来たはずが、戦争をするはめになった。後悔を果たすどころではなくなってしまった。しかしそれは言い訳で、ひっきりなしに敵が襲ってくるわけではないのですから、果たそうと思えば果たせるはずなんです。身を隠し、己と向き合い、能力や時間などあらゆる手段を使って乗り越えていけばいい。世界の終わりなんて、もう死んでいる私たちにとっては、さほど大きな問題ではないのですから。
ですが、その道を選択する事はしませんでした。理由は三者三様ありますが、私たちは自らの意思で戦争に身を投じる事を選択したのです。
仮に今、ここで死んだとして、それはあくまで自己責任。そして、それは敵側も同じ事。覚悟のうえで私たちはこの場に立っているのですから、荷を背負う必要はありません。優大さんは対価を得るために戦う。それ以上でも、それ以下でもないのですから。だから、これから先どれだけの人間が死のうとも、我が道を進んでくださいね」
……わかってるよ。僕は何としてでも対価を得る。それがこの世界にいる僕の理由だから。
「鉄を生成して投げる。大きさや形は自在に変形できる」
崎野さんが額の汗を拭いながら、ため息交じりにそう言った。
「由美さんありがとうございます。では——」
「っしゃぁ! 行くぜ!!!」
ミラーが言い切る前に、一哉が我先にと全力疾走でバリア外へと抜け出していった。
「あぁ、もうバカ! どうしていつも待てないのよ!」
崎野さんは頭を抱えると、大きく息を吐いた。
「優大さん、すいません。着いていってあげてください。私たちも援護しますので」
なんだか唐突に始まった戦闘開始に気圧されながらも、僕も勢いよくバリア外へ駆けていった。




