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須々木優大22.動いた数値

 雨海さんと共に生きる事。楽しい事、嬉しい事、悲しい事、辛い事。いろいろな事を共有し乗り越え、生きる事。これが今抱いている僕の夢。しかしそれが叶う事などもう二度とない。

 雨海さんは親父に託したが、僕が生き返っていた理由が狭間世界に存在する能力によるものだとわかった今、あの状態では死んでしまっている可能性の方が高いから。そして、ミラーの言う事が正しければ、出待ち先で殺されてしまっているのだから。


 あぁ。どうして僕から何もかも奪っていくのだ。


 生きる理由はないくせに、再び不死身の体となってしまった。今度は戦争に駆り出されて、こき使われて。何もかも壊れるまで立たされ続けるのだろう。嫌だ。絶対に嫌だ。もう十分じゃないか。これからが本番だなんて、あんまりではないだろうか。


 しばらくその場を動けないでいたが、僕はゆっくり体を起こすと立ち上がり、扉のもとへとよたよた歩き扉を開いた。今後どうしていくにしろ、やはり情報を得なければならないから。


 辺りは荒野という言葉が正しいだろうか。度々風が吹き、砂埃が舞っている。周囲には、先程僕が滞在していた建物以外に建築物は存在していないが、この建物を覆うように透明なドーム状のバリア的な物体が存在していた。頭上を見上げると、球技などで用いられていそうな特大の得点版が鎮座しており、数字の表記は三百万六十二対十二万五千八百五十五となっていた。



「あれ、もう大丈夫なのか?」


 声をする方に目をやると、所々火傷を負った一哉が心配そうな顔でこちらを見つめていた。


「あぁ」


「そっか。無理はすんなよ」


 そう言うと、近づき僕の右肩をポンポンと叩いた。


「戦ってきたのか」


「おう。もうすぐ由美も帰ってくるぜ。今回はまぁ、大したことなかったな。ミラーの能力もいらなかったし」


「どうして戦うんだ。無謀なんじゃないのかよ」


 僕は素朴な疑問をぶつけてみた。逃げ出せばいいじゃないか。意気揚々と戦地に赴いて、傷つくメリットなどどこにもないはずなのに。


「人間の大半は後悔を抱いたまま死ぬ。俺も例外なく、後悔を抱いて狭間世界にやってきた。勝手に能力を付与されて、『この世界は後悔を果たすための場所です。後悔が果たせることを願っています』なんて言われたけど、そんな簡単な事じゃねぇんだよ。馬鹿にすんなって思ってた。

 でも、世界がこうなって、知り合った人たちが次々に死んでいった。それなのに、俺だけ指を加えて傍観なんてできなかったんだよ。

 ミラーに何を言われたのかわからないけど、お前が戦争に参加しないのなら俺はそれを尊重するぜ。狭間の人間すべてが戦争に参加しているわけではないし、もう世界の終焉を受け入れている人たちだっているくらいなんだ。それなのに、身勝手で連れてこられたお前に闘いを強要するほど、俺は空気読めない人間じゃないつもりだから」



 正直考えなしの脳筋野郎なのかと思っていた。とんでもない。僕なんかよりも、できた人間じゃないか。


「一哉の後悔はなんなの?」


「……俺は家族を放火魔によって殺された。たまたまお袋に頼まれた買い出しに行っていたから、俺だけは助かった。だけど、目の前で家が燃えているのに、足がすくんで動けなかった。もし俺があの時、すぐに行動できていたら助けられていたかもしれないのにな。

 家族を見殺しにしたこと。それが俺の後悔だ。皮肉なもんで、狭間世界に来て触れた物体を爆弾に変える力を手に入れた。時限式や衝撃によって爆発するもの、俺の合図で爆発させることもできる。無駄に多種多様で戦闘向きだ。まぁとにかく無謀でもなんでも、俺はもう怖気づきたくない。それだけだ」


 そう言って白い歯をむき出しにして、満面の笑みを浮かべた。


 どれだけ敵を倒しても、家族は帰ってこない。一哉の足がすくんでしまった事実は消えない。それでも、きっとたくさん考えて模索して、一哉なりに出した答えなのだろう。それで己の後悔に折り合いをつけるつもりなのだろう。


 僕は一哉みたいにできた人間ではないから、叶わない夢・果たせない後悔の代用なんて見出すことなどできないだろう。


 そうだ。もう雨海さんはいないのだから、僕もいなくなればいい。つまりは、この世界が終焉を迎えればすべて解決するんじゃないか?


「それは無理」


「え?」


 気づくと、女性が目の前に立っていた。声色から判断するに、おそらく崎野さんであろう。


「だから無理だって言ってるの」


 そう言うと、僕を横切り家に入っていった。


 何が言いたかったのだろうか。


「まぁ、気にすんな。あいつの能力だから。じゃぁ俺たちも中入ろうぜ」


 一哉も後を追うように、家の中へと姿を消していった。


「外は冷えますよ」


 バリアを抜けて、今度はミラーが話しかけてきた。


「僕は戦争には参加しない」


 僕はミラーを睨みつけると、そう吐き捨てた。


 無意味に痛い思いはしたくない。希望もないのに世界が救われたところで、僕に何もメリットはない。やはり、どう考えても僕が戦争に参加する理由は見つからなかった。


「私を殺しますか?」


 唐突な問いに、驚きを隠している余裕はなかった。それに気づいたのか、ミラーは再び口を開いた。


「あなたの人生をめちゃくちゃにした私を殺せば、少しは気持ちが晴れるのかもしれません」


「僕が本当に殺したらどうするんだよ」


「私は運よく生き延びて、たまたま長くこの世界にいただけの存在。替えはいます。ですが、あなたの能力は強力です。必ずや戦況を優位へと導いてくれるでしょう。ですから、あなたの気持ちが少しでも晴れて、前向きになってくださるのならば私は本望です」


「お前にも後悔はあるんだろ。ここで死ぬのは不本意なんじゃないのかよ」


「もちろん今でも後悔は色あせていません。是が非でも果たして前を向きたい。そう思っています」


「だったら——」


「私はあなたの人生を狂わせたんです。己の命を犠牲にしたとしても、おつりが出るほどの行為です。例え世界のためだろうが何だろうが、他人の人生を身勝手に狂わせていい理由にはならないのですから」


「わかってんじゃねぇか。だったらどうして踏みとどまってはくれなかったんだよ!!」


「返す言葉もありません。もとより覚悟はできていました。どうぞ、気が済むままに」


 ミラーはそう言うと、両手を広げてゆっくりと目を閉じた。


 ふざけやがって。


 僕はミラーのもとへ近づくと、勢いよく胸ぐらを掴んだ。


「僕がお前を殺したから何だって言うんだよ!! 出会って間もないお前なんかを殺したところで、僕の気持ちは何も変わらない。殺す価値もないんだ。少しでも罪悪感を抱いているのなら、どんなに惨めでも生き抜いて一生背負い続ければいいんだよ。僕はお前の言う通りにはならないからな!」


 そう言い、ミラーを突き放すとバリアの方へと歩き出した。行く当てなど、どこにもない。しかし、もうこの場所にはいられないから。


「あなたの夢は何なのですか」


 背後からミラーの声が聞こえた。しかし、僕が歩みを止める事はなかった。お前には関係のないことだから。


「現世から派遣された人間が戦争において十分な貢献をして勝利した場合、その対価として何でも一つ願いを叶える事ができる権利を与える」


 その言葉で思わず歩みを止めてしまった。


「あなたがどのような夢を抱き、それが後悔へと変わったのかはわかりません。しかし、この戦争に貢献して勝利することができれば、内容によってはあなたの後悔を果たすことは可能かもしれません。あなたは夢が叶わない限り不死身ですから、勝利さえすることができれば——」


「死んだ人間を生き返らせ、ともに生きる。それは可能か?」


 気づくと僕は、そう口に出していた。


「神の何でもに不可能はないでしょう。可能だと思います」


 だと思います、か。確定ではないのであれば、骨折り損になる可能性だって十分にあり得る。そもそも、神が死んだらどうするんだ? 誰が叶える?


 ……そんな事、勝ってから考えればいいだろ。


 0%から数値が動いたんだ。どんなに低い数値だったとしても、今はこれ以上の希望などないのだから。


 まだ、もう少し足掻いてみようか。可能性があるのならば。また元気な姿の雨海さんに会えるのならば。


「本当に僕の力で優位に立てるんだな?」


 僕は振り返ると、ミラーに問いかけた。


「はい。もちろんです」


 ミラーは噛み締めるように、力強くそう言い放った。


 僕は大きく深呼吸をすると


「前言撤回だ。参加する」


ミラーを一点に見つめてそう言った。


「あぁ……、はっあぁ……」


 ミラーは途端に顔をくしゃくしゃにすると、その場に崩れ落ちた。


「あなたがいつ死ぬなんて、誰にも分らなかった。ただ苦しめるだけ苦しめて、世界の方が先に終わってしまうのかもしれないと考えると、震えが止まりませんでした。仮に死んでこの世界に来たとして、そもそも我々が望んだ能力を保有してくれているのかも定かではありません。何より、協力してくれるわけがない。そう思っていました。私が言うのもおかしな話なのですが、本当によろしいのですか?」


「お前や世界のために戦うんじゃない。僕は僕の夢のためにだ。お前を許す気などないからな」


「それでいいです。それがいい。私は命尽きるその瞬間まで、あなたの夢が叶うよう尽力いたします。そのための責任があるのですから。本当に、本当にありがとうございます」


 ミラーは額を地べたにこすり付けると、しばらくは頭を挙げようとはしなかった。

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