須々木優大21.狭間世界
「あなたの能力は、最も大切な夢を叶えるまでは死んでも生き返るというものです」
どこからともなく、そんな言葉が聞こえてきた。
暗い。真っ暗だ。しかし、それは瞼を閉じているからだろう。手は……、微かであるが動かすことができる。足も問題はなさそうだ。
死んだはずなのに、なぜか思考することができる。僕はまた、生き返ったのだろうか。しかし、青い文字の通りだとすれば、それは考えにくい。他に可能性があるとするならばそれは——
「おい! 足動いてなかったか今!」
唐突に男の声が耳に飛び込んできた。聞いたことのない声色だ。
「ワープしてから時間が経っています。そろそろ頃合いなんだと思います。ですが、無理して起こさないように。絶対にです。あくまで丁重に、忘れないでくださいね」
「一哉にそんな難しい事できないと思うんだけど」
「は? なんだと。表出るか? 爆散させんぞコラ」
「そういうのいいから。気持ち悪い」
「仲良くお願いしますね。チームワークが何より大切なんですから」
「由美が最初に突っかかってきたんだぜ?」
「一哉が気持ち悪いのが悪い」
「やっぱ表出るか? それともここでやるかコラ」
「こらこら君たち——」
目を閉じたまま様子をうかがっていたが、ある程度状況把握をする事ができた。おそらくこの場には三人の人物がいる。一哉、由美、そして二人よりも年を重ねていそうな男性。もちろん僕は三人とも知らない。まぁ、とりあえずそれは置いておいて、そんな事よりも重要なのは『ワープ』という単語が出てきた事だ。
日常生活において、『ワープ』なんていう単語は僕が知る限りゲームの世界や漫画などの非現実世界にしか存在しない事象である。それが当然のように発せられたという事は、少なくとも今僕が存在しているこの世界は、現実世界ではないということになる。
『最も大切な夢を果たすまでは死なない』なんていう青い文字が見えて、それが現実的なものになった時点である程度覚悟はできていたんだ。きっとこの力には意味がある。
僕は拳を握ると、ゆっくりと瞼を開いた。
「おい! 起きたぜ! やったな!!」
瞼を開けて早々に視界に飛び込んできたのは、一哉と呼ばれていた男性の満面の笑みだった。
「心配したぜぇ。よろしく。これからよろしくな」
僕はあえて返答せずに、首をなんとか右側に傾けてみた。緑の古びたソファに木製のテーブル。その他にも家具が乱雑に設置されているくらいで、大した情報は得られなかったが、とりあえずここが室内である事は確かだった。
「急に話しかけると、びっくりされるでしょう。まずは名乗り出ないといけません」
「あぁー、なるほど。俺は一哉。破元一哉! よろしく!」
「……よろじぐ」
先程からであったが、返答を期待している面持ちでこちらを見つめられるのは、いい加減面倒なので言葉を口にしてみたのだが、掠れた声しかでなかった。それでも一哉は嬉しかったのか、再度満面の笑みをうかべた。
「崎野由美。よろしく」
視界にまだ入っていない崎野という女性は、ぶっきらぼうな声でそう言った。
「ヴァリス・ミラーと申します。よろしくお願いします」
最後に背丈が高い男性が僕のもとへと近づき、かがむとそう言った。金髪で、瞳の色は水色。丸眼鏡をかけて無精ひげを生やしている。一人だけ風貌が違ったが、話している言葉は不思議と理解することができた。
「よろ……がはっごほっ」
再び言葉を口にしようとしたものの、今度はむせてしまった。どうやらまだまだ本調子にはならないようだ。
「大丈夫か!? おいミラー! どうする?」
「時期に本調子に戻るはずです。時間があるので、この世界のお話でもしましょうか」
「……私外の様子見てくる」
「じゃぁ俺も行くわ」
「はっ!? きもいんだけど」
「表出るし、ちょうどいいな。一発爆散させてやる」
仲がいいのか悪いのかわからない一哉と崎野さんは、なんだかんだいいながら扉を開けると姿を消した。
「二人とも、とてもいい子たちなので気を悪くされないでくださいね」
ミラーは苦笑すると、そう言った。
「……さて、本題へと入りましょう。これから話す事は、おそらく一度では理解しきれない部分が多いと思います。受け入れられない事も山ほどあるでしょう。それでも、聞いていただかなければならない事なのです。では、いきますね」
ミラーは真剣な面持ちになると、話を続けた。
「今私たちがいる場所は、現実世界と天国・地獄の中間に位置する狭間世界という空間です。狭間世界は、現実世界で死んだ人間が抱いた後悔を力に変えて、果たすための世界なのです。
しかし数年前、地獄に収監されている人間たちが脱走して、狭間世界や天国の人間たちを襲撃する事件が起こりました。神が事態の収束に動きましたが、予想を大きく上回るほどの人数と能力の強さに圧倒され、規模は縮小するどころか増していく一方。特に、後に魔罪人と呼ばれる事になる七人が非常に残忍且つ凶悪で、この世界が混沌と化すにはそう時間はかかりませんでした」
まだ話の導入部分ではあるのだろうが、予想以上のスケールのでかさに圧倒せざるを得なかった。本当に天国や地獄、神は存在していたなんて事も興味深いところではあるのだが、今は重要ではない。それよりも、死んだ人間の後悔を力に変えて、それを果たすための世界があるという事実。後悔による力というのは、僕が現実世界で見た青い文字による力と同等なものなのだろうか。
しかし、そうだとすれば矛盾が生じている。何せ僕は死んで狭間世界に来たから能力を使えるようになったのではなくて、現実世界で死にそうになったところを、能力が使えるようになったことで生き延びることができたのだから。考察の余地は十分に残っているが、僕はその後もミラーの話に耳を傾けることにした。
「奴らは我々に対し、高らかに宣言をしました。『お前たちが負ければ天国、狭間、現世すべてを滅ぼす』と。それを現実にできるほどの力を有している奴らを無視することなどできなかった神は、一つだけ提案をしました。『無抵抗な状態で現世を滅ぼされるのは、今を生きる人間たちにはあまりに酷すぎる。したがって、現世の人間もこの戦いに参加させるのを許可してくれ』と。
しかし、許可はおりませんでした。あくまで狭間、天国、神の連合チームのみで対峙しろとのことで、本来であれば現世で死んだ人間は、後悔を抱いていれば狭間世界へ。特に抱いていなければ、神によって天国か地獄かに振り分けられるのですが、簡単に言えば出待ちをされている状態で、現世で死んだ人間が狭間世界にたどり着いた途端に訳も分からず殺されてしまっています。当初は、運よく逃げ切れた人たちが数名程度いたようですが、今は一寸の隙も見逃す事なく狩り取られているのが現状です。
つまり現世の人間たちは、この戦争に事実上の不参加ということになってしまいました。地獄の軍勢は約六百万人。そして狭間、天国、神連合チームは約百万人。歯が立つわけもなく、蹂躙されていきました。
そんな中で、神が残った力を振り絞ってくださったおかげで、地獄の奴らの目を盗むことに成功しました。そして、選ばれた狭間の人間七人は神の力で現世へ赴き、戦況を大きく変える事のできる能力を得られる可能性のある現世の人間をピックアップしました。そして能力覚醒を促し、現世で十分に能力を発揮してもらう事で力を自由にコントロールできるよう鍛錬を積んでもらい、死んだ際には我々のアジトへ直通できるようルートを確保しました。
ご理解、いただけましたでしょうか。つまり、私があなたを選び、能力覚醒の援助をし、狭間世界へと誘った張本人です。我々の身勝手な理由であなたを巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした」
そう言うと、ミラーはその場で深々と頭を下げた。
つまり青い文字の力は本来、狭間世界でしか使用できなかった力ということになる。誰しもが使えるわけではなく、僕がミラーに選ばれたから能力が発現し、現実世界で使用することができたのだ。そして、死んだことで狭間世界へとやってきた。ミラーはまだ直接的に言ってきていないが、これから僕は地獄の人間たちと戦わされることになるのだろう。しかし、今はそれよりも気になっている事を僕は力の限り口に出してみた。
「いつ僕は選ばれたんだ」
気づくと、声は自然と発することができていた。
「十五年ほど前の冬頃だったと記憶しています」
……十五年前の冬頃といえば、僕が不治の病を発症した時期と重なっている。偶然であるはずがない。それに、ミラーは間違いなく『狭間世界へと誘った張本人』と口にした。つまり……。
「不治の病。あれはお前のせいだったのか? お前に選ばれなければ、罹る事はなかった。そうなんだな?」
「その通りです」
ミラーは顔を上げると、静かにそう言った。
「じゃぁお前は、僕の人生を狂わせた張本人ってわけだ」
「間違いありません。申し訳ございません」
ミラーは再び深々と頭を下げて、そう言った。
ミラーが僕を丁重に扱うよう言っていたのは、せめてもの情けなのだろうか。冗談じゃない。そんな同情くそくらえだ。もちろん他人事ではないのはわかっている。もしかしたら、現世を滅ぼされてしまうかもしれないのだから。しかし、思わずにはいられなかった。
理不尽ではないか。僕にだって選択の余地があっていいはずなのだから。こいつが頭一つ下げたところで、許していい出来事ではないのだから。
「戦争に巻き込むのですから、もちろん対価は支払われる事になっています」
「そういう問題じゃないだろ! 僕が今までどれだけの人間に迷惑をかけたか。僕だけの人生じゃなかったんだ。お前は僕だけじゃなく、たくさんの人間の人生を狂わせたんだぞ!!!!」
ミラーの言葉に対し、思わず声を荒げてしまった。報酬をエサに許してもらおうなんて、虫が良すぎるのだから。
「私には真実をお伝えすること、頭を下げ続ける事しかできません。
世界が危険だから。そんな一言であなたの現世での苦痛をなかったことにしようなどとは考えておりませんし、わかってあげられると言えるほど自惚れてはいないつもりです」
なんだよそれ。自惚れていないから、許してくれとでも? ふざけんな、馬鹿にしてんじゃねぇよ!
湧き出て止まらない感情を何とかせき止め、僕は再び口を開いた。
「最も大切な夢を叶えるまでは死なない。僕の能力だ。この能力をお前たちは欲していたのか?」
はたして僕の能力は、戦況を大きく変えられるのだろうか。あくまで僕は、可能性で選ばれたんだ。これで火を操る能力とか、雷を放てる能力がよかったなんて言われてみろ。地獄側に寝返って、狭間の人間を皆殺しにしてやるからな。
「厳密に言えば、不死身の能力を求めていました。しかし、ほとんど理想に近い能力であると思います」
ミラーは、睨みつけている僕から目を反らす事なくそう告げた。
嘘か真か。僕に判断し切れることではない。しかし、どちらにせよ納得できないのは確かだった。
「……一人にさせてくれ」
一度気持ちを落ち着かせたい。冷静さを欠いた状態では、まともな思考はできやしないから。
「わかりました。また、うかがいますね」
ミラーはゆっくり立ち上がると、再度深く一礼しその場を後にした。




