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雨海敦子30.生きたい優大さんと死にたい私

「世間はすごい騒ぎになっているな。あれ全員お前がやったのか」


「そんな事はどうでもいい。まだ息はある。死んでほしくない人なんだ」


「どうでもいい……か。昔のお前が聞いたら、腰を抜かすだろうな」


「いいから早くしろ!!」


「致命傷だ。時期に死ぬ」


「頼む。できる限りの事を。どうかお願いだ!」


「そんなにこの女性を生かしたいか?」


「もちろんだ。こうなる可能性があったのにも関わらず、僕の事を考えて行動に移してくれたのだから。最後の記憶があれじゃ報われない」


「組織は潰れたんだ。お前はもう自由に生きられるんだぞ?」


「いや、死ぬよ。僕の傷も十分致命傷だ」


「……何を言っているんだ? 『最も大切な夢を叶えるまでは死なない』と空中には青い文字で、確かにそう書かれていたんだろ? お前が叶えようとした母さんの夢は潰えたはずだ。あいつが死んだのだから」


「……もしかして、それが目的だったのか」


「すべてとは言わない。しかし、これ以上家族を失いたくない。これは紛れもない本心だ」


「親父が提案してきた内容を最初に聞いた時は好都合だと思った。悲しい思いというのは抽象的過ぎて、何をどうすれば回避できるかなんて明確な答えは出なかったけど、それさえ達成する事ができれば、これ以上研究による自殺者が出なくなる。だから、僕なりにあれこれ考えて行動に移した。すべては僕のせいで亡くなった母さんの夢を叶えて償いをするため。そう思っていた。

 黒崎の一言で夢が潰えたと知った時、叶えられなかった罪悪感や絶望感よりも先に、彼女の事が頭に浮かんだ。いつからだったのか、今ではもう思い出せないけれど、僕の原動力は母さんの夢から彼女の未来へと確かに変化していたんだ。薄々気づいていたのに、変えられなかった。自分ではどうする事もできなかった。そんな中途半端な気持ちでいたんだ。あの一件に限らず、どんな形であれ、いずれ報いは受けていただろう。

 それに、母さんの夢を追いかけてわかったよ。あれはどこまで行っても母さんの夢だ。僕に手が届くほど努力もできないし、熱量もない。あるのはいつだって、ただの罪悪感だけだった。そんな気持ちで叶うわけもない。初めから無謀だったんだよ。

 でも、潰えたからと言ってなかった事にはできない。当然だ。だから、刑務所に入って永久に償うつもりだった。何より彼女も守れる。都合がよかったんだ。だけど、変わり映えのない日々に精神は平静を保ってはくれなかった。少しでも何かに縋りたかった。だから僕は、密かに夢を抱いた。どうせ叶わないとわかっていながらも、わずかに灯った光を見つめていたかった。

 彼女に再び会えた時、奇跡だと思った。人を刺して刑務所に入って、数分間だけど毎日話をして。不謹慎かもしれないけれど、最高のひと時だった。

 なんでこんな事をしたんだ。幸せでいてくれればそれでよかったのに。口ではそう言って強がったけど、そうまでして手が届く距離に来てくれた事が嬉しかった。時が経って、女優になって、風貌が変わった。それでも彼女が彼女でいてくれた事が嬉しかった。

 夢は叶った。僕が抱いた僕だけの夢。僕はきっと、この瞬間のために生まれてきたんだ」


「……そうか、わかった。すぐに準備をする」







「親父。僕は母さんを救えなかったあんたをやっぱり憎んでいる。許す気など一つもない。でも、感謝もしているんだ。僕のために何年も身を粉にして研究してくれた。希望の見えない僕に、何度も大丈夫だと語り続けてくれたのだから。

 親父にも夢はあっただろ? ごめんな。邪魔しちまって。ぶち壊したくせに、何も返せなくて」


「世の常だが、子どもは親のために生まれてくる。そこに子どもの権利は存在しない。親の身勝手で生まれてくるんだ。俺たちも、もちろん例外ではなかった。

 だから一つ。お前が生まれたその日に、母さんと約束したんだ。生まれたお前を、世界で一番の幸せ者に導こうと。この世界に生を成す以上、否が応でも苦痛は伴う。それを防ぐ術はない。だけどそんな困難を乗り越えて、幸せを掴み取っていけるように道を示そう、そう誓ったんだ。

 母さんはバトンを託してくれた。だが、そのバトンを俺はへし折り、投げ捨て逆走した。すべてを台無しにしたんだ。気づいた時にはもう遅かった。とうに取り返しなどつくはずもなかった。

 謝るのはどうしたって俺の方なんだ。長い間、辛い思いをさせて、何もしてあげられなくて、本当にすまなかった」


「らしくない事言ってんじゃねぇよ」


「……お互い様だ」


「一つ頼んでもいい? かの……。もう、いいか。雨海さんが起きたら、ありがとうって伝えてくれないか」


「起きる保証など、どこにもない。仮に起きたとしても、自分の口から言うんだな」


「無茶言うなよ」


「……もしもお前が死ぬ世界線があったとして、そんな世界でこの女性が生き延びたとしても、再び生きようと思うのだろうか」


「雨海さんがどう思おうとも、僕はどうしたって死ぬべきだ。せっかく生きながらえる事ができたのに、僕のせいでまた無茶されたら敵わない。命がいくらあっても足りないからな。それに、ちゃんと自分の力で幸せを掴んでいた。何も知らなかったあの頃じゃない。もう、大丈夫なんだ。だから頼む。もう一度、奇跡を起こしてくれ」


「……気が向いたらな」








「……親父。知ってるか」


「もうしゃべるな」


「雨海さんはさ、いつもニコニコしてるんだけど、意外と負けず嫌いなんだ。華奢な体してるくせに、力仕事は朝飯前。家事だって完璧にこなす。なにより可愛い」


「しゃべるなと言っているんだ!」


「水族館、行った時なんてさ、ジンベイザメを、見て、捌き甲斐が、ありそうなんて意味わからない、こと言う、ちょっと変わった、一面も……あるんだ。酒を飲むと、また雰囲気が変わって、甘えて、くる姿は、もう反則……だ」


「わかった。わかったから、これ以上はもう——」


「ずっと、我慢してた、んだ。もう、何度も口に、出してしまい、そう、だった。いつま、でも一緒、に居たかっ……た。一緒に、生き、ていた……かった。僕が……雨、海さんを、幸せに……した、かっ……た。

 ぼ、くは、あまが……」


「おい、優大? 優大! ゆうだ——」









 音声はそこで終了していた。


 足りない私には、優大さんを救う手段は思いつかなかった。思いついたとして、行動に移しても優大さんの首を絞めるだけなのだと知った。だから私は自分の人生を歩んだ。


 約束、誓い。すべてを果たす事を望んだ優大さんへの贖罪、恩返しはこれしかないのだから。


 ただひたすらに前だけを見て、全力で駆けた。やりたい事に二重線を引いて生き急いだ。そして知った。残ったリストはもう、この世界では果たす事ができないと。だから優大さんのもとへと行き、行動に移した。


 変わった私なら、優大さんに何かできると思いあがっていたのかもしれない。そのおかげで、果たせた思いもあった。しかし、すべて上手くいくほど甘くはなかった。だから優大さんのいないこの世界で、一度諦めたこの世界で再び模索しなければならないと思った。永遠に果たす事ができなくなった項目から目を逸らし、拳を握る事しかできないのだと思った。


 思っていた。


 気づくと私は、大口を開けて泣き喚いていた。





 泣き止んだ時には、視界が霞んでいた。涙のせいでないのはすぐにわかった。咳き込んだ口元に手を当てると、血が多量に付着した。


「黒崎さん。たくさんご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「……何も、抱く必要はございません」


「最後くらい教えていただけませんか。どうしてここまで私に協力してくださったのか」


 黒崎さんは組織が潰れた後も私の面倒を見てくれて、どんな我儘に対しても嫌な顔一つせずに幾度となく答えてくれたのだ。


「雨海様は、ご自身の力で道を切り開いていかれました。私はただ、近くにいただけです」


 何を言っているんだ。


「そんなわけないじゃないですか。黒崎さんがいなければ、私のノートに二重線が増える事なんてありえなかった。これから死ぬというのに、こんなにも満たされているなんてありえなかった。何より黒崎さんがいなければ、須々木さんに会う事もできなかったんですよ?」


「長い間、私は雨海様にエゴを押し付けてきました。それなのに、雨海様を死なせてしまう結果となってしまった。雨海様が、どう思われようともその事実に変わりありません。誠に、申し訳ございません」


「黒崎さんが私の事を一番近くで見守ってくださっていたように、私も黒崎さんの事を一番近くで見てきました。何かを押し付けられた記憶なんてありませんし、どう思って私と接していようが、私にとって黒崎さんという存在は、一般的に言う保護者のような、父親のような。上手く言葉にはできませんが、黒崎さんがいてくれたから安心して己の人生を歩んでいく事ができたんです。思うがままに生きる事ができたんです。

 それにですね、死ぬ事。今となっては本望ですから。強がりや冗談ではありません。だから黒崎さん。顔を上げてください」


「……私の器には入り切りません。もったいないお言葉です」


 黒崎さんは、震えた声でそう言った。


「黒崎さん。長い間、ありがとうございました。本当に、本当にありがとうございました」


「……申し訳ございません。一つ。頼まれていただけますか」


「もちろんです」


「身長がちょうど雨海様くらいで、目元が私に似たぶっきらぼうで可愛げのない女にもし会う事があれば伝えてほしいのです。ごめんな、と」


「わかりました。会えたその時には、必ず伝えます、ね。眠くなって……きた……ので、少し、寝ます」


「……雨海様。今まで、ありがとうございました。ゆっくりと、おやすみください」






『——まで、運命の人と生死を共にする』






 瞼を閉じる直前に見えた青い文字は一体何なのか。私にはわからなかったけれど、優大さんとの関係が誰かに認められたようで、たまらなく嬉しかった。もう、この世界に悔いはない。この世界には。








 待っててね、優大さん。






拙い文章で大変恐縮なのですが、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。重苦しい展開が続いている二人の物語ですが、少しでも優大・敦子の思いや葛藤が伝わっていれば何よりです。


今後は舞台が変わりますが、二人の物語は進んでいきます。最後まで二人の行く末を見守っていただければ幸いです。


評価・感想・いいね・レビューをしてくださると、それはもうめちゃくちゃ喜びます。5月以降は投稿頻度が落ちると思いますので、ブックマークの方もしていただけると幸いです。


引き続き「死にたい僕と生きたい私」をよろしくお願い致します。



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